『煩悩の子』(大道珠貴)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『煩悩の子』(大道珠貴), 作家別(た行), 大道珠貴, 書評(は行)

『煩悩の子』大道 珠貴 双葉文庫 2017年5月14日第一刷

桐生極(きわみ)は小学五年生。いつも周囲にずれを感じているが、なぜなのかよく分からない。どういう局面でも腑に落ちないし、落ち着かない。でも、油断はしていない。ただひとつだけ分かっているのは、いまここで間違ったら、先々どんくさい人間になりかねないということだ - 。世界と向き合い始めた少女の日々の観察と分析をシニカルなユーモアで描く成長小説。(双葉文庫)

子どもは案外考えている。

この世に大人はいないんやないか。極は自分に訊いた。おらん。自分で答える。父も母も新海先生もほかの先生も、やっぱし子どものままだ。子どもが子どもを産んだひとたち、子どもが子どもを教育しているひとたちなんやな。

子どもは大人に気を遣い、わかっていることも、わからないふりをし、大人が惨めに見えても、知らんふりをする。そして、じわじわ離れていくのだ。

極は(小学5年生であるにもかかわらず)既に十分〈おとなおとな〉しています。顔つきからしてそうで、とくに彼女は〈幸薄そうな〉顔をしています。面長、こけた頬、眉間のしわ、ひとえまぶたと吊りあがった目、いばって見える高い鼻。

どれをとっても冷たい印象で、ひらきなおって尻まで伸ばした髪をアップにし、うなじにおくれ毛をたらすと、見事に人生に疲れたヤサグレ女に見えます。歯をくいしばるのが癖で、目つきが悪く、黙っているだけで「なんか怒っとうと? 」と訊かれます。

声が低く、ややしゃがれており、あまりしゃべらない子どもです。気持ちをすぐに表すことができません。というか、少し頭で考えてからでないと声が出ないのです。顔は大人でもあがり症がひどいので、すぐに真っ赤になります。

本を読んでいると、自分が「自意識過剰」であるのがわかります。大人みたいな極ではありますが、実は、肩が凝るほどいつも緊張しています。なにか、ぎこちない。なにか、おおげさに意識してしまう - そんな感じがしています。

たいしたことのない自分。その自分を、この自分は、たいしたことあるように、庇っているのだ、と彼女は考えています。

1970年代。舞台は九州、福岡。町の郊外は明るく混沌とし、公害スモッグの臭いが香ばしくあたり一面に漂い、沼には巨大なオタマジャクシが棲んでおり、家の庭をのらりくらりと横ぎる蛇は、守り神さまとして崇められていたあの頃 -

子どもたちは欲望だらけで、目の前に転がってくるものを手あたり次第、弄んだ。人間でも、自然でも、遊び道具にした。生意気なのは横着者と呼ばれた。「のぼせんなよ」が、お決まりのケンカ言葉、敵は自分以外、全員だ。

いつかは死ねると思うと、いまこのときこそが愉快だった。腹の底から笑うと涙がちょちょぎれるのを知ったのもこのころだった。今日のことはもう忘れた。明日のことは明日のこと。無邪気な子どもなんていない。そしてこの先どうなるかなんぞと憂う子どももまた、いなかった。

桐生極の、11歳から12歳にかけての話です。

この本を読んでみてください係数  75/100

◆大道 珠貴
1966年福岡県生まれ。
福岡中央高校卒業。

作品 「裸」「スッポン」「ゆううつな苺」「しょっぱいドライブ」「傷口にはウオッカ」「背く子」「きれいごと」他多数

関連記事

『ふくわらい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『ふくわらい』西 加奈子 朝日文庫 2015年9月30日第一刷 マルキ・ド・サドをもじって名づ

記事を読む

『墓地を見おろす家』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『墓地を見おろす家』小池 真理子 角川ホラー文庫 2014年2月20日改訂38版 都心・新築しかも

記事を読む

『ふたり狂い』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『ふたり狂い』真梨 幸子 早川書房 2011年11月15日発行 『殺人鬼フジコの衝動』を手始

記事を読む

『たまさか人形堂それから』(津原泰水)_書評という名の読書感想文

『たまさか人形堂それから』津原 泰水 創元推理文庫 2022年7月29日初版 人形

記事を読む

『ヘヴン』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『ヘヴン』川上 未映子 講談社文庫 2012年5月15日第一刷 「わたしたちは仲間です」- 十

記事を読む

『指の骨』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『指の骨』高橋 弘希 新潮文庫 2017年8月1日発行 太平洋戦争中、激戦地となった南洋の島で、野

記事を読む

『向日葵の咲かない夏』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『向日葵の咲かない夏』道尾 秀介 新潮文庫 2019年4月30日59刷 直木賞作家

記事を読む

『箱庭図書館』(乙一)_書評という名の読書感想文

『箱庭図書館』乙一 集英社文庫 2013年11月25日第一刷 僕が小説を書くようになったのには、心

記事を読む

『盲目的な恋と友情』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『盲目的な恋と友情』辻村 深月 新潮文庫 2022年12月5日9刷 これがウワサの

記事を読む

『ぼぎわんが、来る』(澤村伊智)_書評という名の読書感想文

『ぼぎわんが、来る』澤村 伊智 角川ホラー文庫 2018年2月25日初版 幸せな新婚生活をおくって

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑