『ハンチバック』(市川沙央)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『ハンチバック』(市川沙央), 作家別(あ行), 市川沙央, 書評(は行)
『ハンチバック』市川 沙央 文藝春秋 2023年7月25日第5刷発行

【第169回芥川賞受賞作】 私の身体は、生き抜いた時間の証として破壊されていく
井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。
両親が終の棲家として遺したグループホームの、十畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、零細アカウントで 「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」 とつぶやく。ところがある日、グループホームのヘルパー・田中に、Twitterのアカウントを知られていることが発覚し - 。(文藝春秋BOOKSより)
安易な同情は禁物で、端から望んでなどいません。読むとわかるのですが、露骨に過ぎる悪態も、読者に向けた皮肉に満ちたメッセージも、その揺るがざる意思を裏付けるものに他なりません。圧倒的な迫力やユーモアの源泉は、おそらくそこから生じています。
「ハンチバック」 は 「せむし」 の意。「先天性ミオパチーを患う重度の身体障害者が自嘲気味に、偏見を揶揄しながら、軽妙さと意地悪さと鋭い洞察を織り交ぜて語る作品は、壮絶だが悲惨ではなく、困難だらけなのに暗くない。言葉に芸があるのだ。こんな状況なのに読者のことを慮っている」 とは、8月5日付京都新聞朝刊に載った阿部公彦氏 (東京大教授)の書評の中にある言葉。
背中が湾曲し、肺が押しつぶされ、痰がからむたび死を意識する。「生きれば生きるほど」 身体が 「いびつに壊れていく」。歩行も呼吸も困難で、会話の機会はほとんどありません。そんな中で、密かに彼女が望んでいたのは 「妊娠と中絶がしてみたい」 ということでした。
小説の多くの部分が自分自身についての話だろうと。自由の利かない身体を持て余し、それでも叶えたいと願う夢の実現は、えらく歪で不穏なものでした。しかし彼女は諦めません。夢の実現に一歩近づいたのは、隠れて彼女がしているTwitterがきっかけでした。
「文藝春秋BOOKS」 には 「著者より」 として、こんな挨拶文が載っています。
『ハンチバック』 の著者市川沙央です。
『ハンチバック』 はこんな人におすすめです。
最近ちょっと寝不足の人。
最近ちょっと肩や腰が凝っている人。
最近ちょっと疲れ気味。
ごはんのお供はふりかけと納豆ならふりかけ派の人。(納豆派でも大丈夫です)
職場の人間関係に悩んでる人。
急に1億円とか空から降ってきたりしてほしいと思う人。
何でもいいから何か面白いこと起こらないかな、とずっと待ちつづけている人。
今日も明日も変わり映えのしない日々。
むしゃくしゃするし、モヤモヤしてる。
こういうときは面白い小説が読みたいぞ。
めちゃくちゃ刺激的なやつ。
見えている世界がひっくり返るくらいの、ね--。
『ハンチバック』 はそんなあなたにおすすめです!
どうぞよろしくお願いします。
※本の中身は、著者が望んだ通り、「見えている世界がひっくり返るくらいの」 「めちゃくちゃ刺激的な」 ものに違いありません。読むと見る目が変わり、何ら思いに至らなかった自分のことが心底クソに思えてきます。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆市川 沙央
1979年神奈川県生まれ。
早稲田大学人間科学部eスクール人間環境科学科卒業。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者。本作で第128回文學界新人賞を受賞し、デビュー。
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