『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『罪の名前』(木原音瀬), 作家別(か行), 書評(た行), 木原音瀬

『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷

木原音瀬著罪の名前
高校1年で優等生の日向には虫やカエルを生きたまま食べる性癖があった。秘めた欲望を知る幼なじみの隼人とは2人だけの秘密の行為があった。(「虫食い」)。人間の内に潜むゆがんだ本性を暴く四つの短編を収録。(講談社文庫・693円)

つい先日のことです。京都新聞で日曜毎に掲載される読書欄にある 「おすすめ文庫」 の中で発見し、すぐに読みたいと思いました。(木原音瀬という作家のことは何も知りません)

わずか数行ばかりの解説に、強く惹かれるものがありました。特に、高校1年で優等生の日向には 「虫やカエルを生きたまま食べる性癖があった」 という点に。その生々しさに、ただならぬ狂気みたいなものを感じました。常ならざる行為に秘められた、その情動の正体を知りたいと思いました。

[目次]
・罪と罰
・消える
・ミーナ
・虫食い

「虫食い」
日向が初めて口にしたのは、アリでした。それからは、動いているものなら何でも口に入れてみました。かめむし、ダンゴ虫、ミミズ・・・・・・・公園にいくと、いつも地面の上ばかり見ていました。今日はどんな虫を口の中に入れようかとわくわくしていました。虫が口の中で動くのが、日向には何より楽しいことでした。

そして (隼人と) ふたりの秘密 -

日向の前に立った隼人は、無言のまま右手を差し出してきた。その手首を摑み、日向は自分の顔に近づけた。指先から、石鹸の匂いがした。そのままでもいいのに、いつも隼人は手を洗う。

人差し指を、口に含む。石鹸の味がする。指に舌先を絡めて、じっとり吸い上げる。奥歯で軽く噛むと、指先が口の中でビクビクッと震えて、一気に引き抜かれた。

噛むなって前も言っただろ!
ごめん、ごめん。ちょっとだけ指、動かして
謝りながら、人差し指と中指の二本を咥える。口の中で生きているものの指が動く。ゆるゆると粘膜を撫でる。

日向は猫の子のように必死に吸い上げる。石鹸の味も消えて、感触だけが口の中に残る。自分の意志が及ばないところにあるものに、恍惚とする。

この動くものを歯で捕え、噛み潰したい。この生き物はどんな味がするんだろう。けど我慢する。いくらでも見つけられる虫やカエルと違って、隼人の指のかわりはどこにもない。たった一度でこの幸福は消えてしまう。
頭の中がじんわりして、快感に背筋がゾクゾクする。もうずっとこの生き物をしゃぶっていたい。そう一晩中でも。

・・・・・・・お前、また勃ってんぞ
そんな声、気にしない。
この変態野郎

隼人の指が少し乱暴に上顎をなぞる。日向は子猫みたいな甘い声をあげて、窮屈な布地の中で思いきり射精していた。(本文より)

※人というのは一筋縄では行きません。嘘をつく、独占する、虚栄を張る、虫を食べる・・・・・・・。それらは全部 “罪” なのでしょうか。歪んで、いるのでしょうか?

この本を読んでみてください係数 85/100

◆木原 音瀬(このはら・なりせ)
高知県生まれ。主にBL作品を手掛け、そのジャンルでは不動の人気を持つ。一般紙の仕事も増えてきている。

作品 「眠る兎」「箱の中」「美しいこと」「コゴロシムラ」「嫌な奴」「秘密」「ラブセメタリー」「捜し物屋まやま」など多数

関連記事

『蓬萊』(今野敏)_書評という名の読書感想文

『蓬萊』今野 敏 講談社文庫 2016年8月10日第一刷 この中に「日本」が封印されている - 。

記事を読む

『カナリアは眠れない』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『カナリアは眠れない』近藤 史恵 祥伝社文庫 1999年7月20日初版 変わり者の整体師合田力は

記事を読む

『錆びる心』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『錆びる心』桐野 夏生 文芸春秋 1997年11月20日初版 著者初の短編集。常はえらく長い小

記事を読む

『八号古墳に消えて』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『八号古墳に消えて』黒川博行 創元推理文庫 2004年1月30日初版 降りしきる雨の中、深さ4

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 右も左も腐れか狸や! 元刑事の名

記事を読む

『ホーンテッド・キャンパス』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『ホーンテッド・キャンパス』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2012年12月25日初版 八神森司は、幽

記事を読む

『夜の谷を行く』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜の谷を行く』桐野 夏生 文芸春秋 2017年3月30日第一刷 39年前、西田啓子はリンチ殺人の

記事を読む

『問いのない答え』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『問いのない答え』長嶋 有 文春文庫 2016年7月10日第一刷 何をしていましたか? ツイッター

記事を読む

『乳と卵』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『乳と卵』川上 未映子 文春文庫 2010年9月10日第一刷 娘の緑子を連れて大阪から上京した

記事を読む

『ねこまたのおばばと物の怪たち』(香月日輪)_書評という名の読書感想文

『ねこまたのおばばと物の怪たち』香月 日輪 角川文庫 2014年12月25日初版 「人にはそれぞれ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑