『問いのない答え』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『問いのない答え』(長嶋有), 作家別(な行), 書評(た行), 長嶋有

『問いのない答え』長嶋 有 文春文庫 2016年7月10日第一刷

何をしていましたか? ツイッターに投げられた質問に思い思いの答えを返す人たち。問いの全文が知らされるのは答えが出揃ってから - 小説家のネムオが震災後に始めたそんな言葉遊びが、さまざまな男女の人生を丸くつないでゆく。この著者にしか書けない、静かだけれど力強い長編小説。解説・藤野可織(文春文庫)

「ネムオ」に「ネルコ」に「ドス江」- 他に「カオル子」や「紙」などという名前もあります。但し、これらはすべて架空の名前。ネット上でのみ使われる、仮の自分を名付けたいわば「ペンネーム」のようなものです。

彼らがしているのは、「ツイッター」。画面上に〈積み上げられた〉書き込み - 追随者らが書いたさまざまな〈つぶやき〉の言葉 - を絶えずチェックしています。〈つぶやき〉は次々と画面に表示され、積み上げられてゆき、止まることがありません。

誰かが誰かを「フォロー」し、(当然ですが、誰かは誰かが書く〈つぶやき〉に興味があって、あるいはその誰かに好意があってするわけですが)それを知ったまた別の誰かが加わることで、段々と(仲間みたいな)グループが形成されてゆきます。

この小説における首謀者(発端となるツイートをした人物)は、書けない小説家のネムオです。彼は震災のあった3日後、仲間たちと「それはなんでしょう」という言葉遊びを始めます。それは、よく分からない質問に、無理矢理回答するという遊びで、

ちなみに、今出題されているのは「どうしますか?」という質問です。(出題者はネムオではなく別の人物です)何をどうすると問われているのかは、まだ分かりません。分からないまま答える遊びなのです。

その時、ネムオは大野君が言った言葉を思い出し、「たぶん、おじさんだと思いますよ」とつぶやきます。これは、ネムオの家に今日くる、NTTのフレッツの工事の人がものすごい美人だったらどうしようかと大野君に訊ね、大野君がネムオに返した言葉をそのまま書き込んだものです。

後で出題がすべて明かされたとき、辻褄が合わないかも知れない。そう思いながらも、ネムオはまあいいやと送信ボタンを押します。すべてはその場の思い付き。意味などありません。そもそも質問自体が言葉足らずで、端から正しい答えなど求めてはいないのです。

つまりは、問いのない答えを無理に捻り出し、ウケればそれでよし程度のノリで始まったことで、それ以外の何ものでもなく、何かが変わるなどということは金輪際ありません。彼らにとってのそれは、空気以上に空気のようなものなのです。

彼らは、ほんの時々、仲間同士で連絡を取り実際に出会ったりします。その時、たとえばカオル子がつい最近離婚したと聞けば、ネルコは、以前にも何度かフラれた誰かに対して「してきた」ように、あるパターンでもってカオル子に対処しようとします。「このように、包んだのだ」と。

複数の友人で囲んで、真剣に話を聞き、調子よくならない程度にと気をつけながら最大限、味方になる言葉を選び、相手を責めたり、叱咤したり共感したり、肩に手を置いたり、もらい泣きすることもあった。そういう風に包んだ。慈愛で包み込むというような比喩でなく、物理的に。

そして、こう結論します。慰めは - 絶対とは言わないが大体において - 中身よりも量だと。しらじらしくなくて少なくない人数で、長時間で「やる」ものだと。

そして、帰るんだ、と。慰めていた人も、慰められていた人も。囲んでいたのと、囲まれていたのと、違う役割だったのが、最後はまったく同じ動作になる。悲しい人も帰るのだと。まだ問題の片づいていないところへか、片づいたけど一人きりのどこかへ。相づちをうった人もだ。と、ネルコはいいます。
・・・・・・・・・
類が友を呼び、もはや類でも友でもない人物がそれに加わります。人は最初、(一方通行なだけに)ややそうろっと加わります。やがて認知されるに従い、時として強気なことをつぶやいたりします。

バレない程度に自分を晒し、本気になってつぶやいたりもします。読む側は驚き、それなりに考えたあげくの書込みをするにはしますが、要はそこまでの話。どこにいても自分の状況を知らせたり、逆に誰かの状況をつぶさに把握できたりはするわけですが、それはいかにも覚束なく、緩いつながりでしかありません。

しかし、今世界はその捉えようのない緩さによって多くがつながり、そのつながりに確かに依る者がいるということを、この小説はまざまざと教えてくれているような気がします。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。

作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「佐渡の三人」「泣かない女はいない」他多数

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