『翼』(白石一文)_書評という名の読書感想文
『翼』白石 一文 鉄筆文庫 2014年7月31日初版
親友の恋人である、ほとんど初対面の男から結婚を申し込まれた女。10年後、2人は再会する。彼は彼女の親友と子を成し家庭をもっているが、気持ちはまったく変わっていなかった。誰だって真実の人生を見つけられると言う。(「BOOK」データベースより)
久々に血迷って(!?)白石一文の小説を読んでみようと思い、たまたま書店の目立つところにあったのがこの本で、(ネットでみると)「常識と道徳の枠外にあるものが胸に迫り、深い考察を促す新たな代表作の誕生」とあります。
文庫の帯がスゴイ。大きなフォントで「何度も読んで、泣くひと続出・・・」とあり、次に続けて(普通サイズで)「発売前から大反響! Twitterでの小説連載が新聞各紙(讀賣新聞、日本経済新聞)で話題に! 」とあります。
裏に回ると、〈心の底から愛した「運命の人」が隣にいない〉「そんな人生に意味はあるのか!? 」ときて、「予測不能のスリリングな展開に思わず一気読み! これぞ小説! これぞ物語の力! 凄まじい信念で「生きること」の意義を問い続ける白石一文の新傑作! 」とあります。
これは、有隣堂という本屋のヨドバシAKIBA店で働いている梅原潤一さんという人が販促用に書き上げたPOPの文面であるらしい。(文庫の解説も梅原さんが書いています)
もう、やたらと熱い言葉が並んでいます。しかも「! 」とか「!? 」がハンパなく多用されており、ここまでなると、何だか違うんじゃないの、ホントにそうなの? と逆に良からぬふうに想像したりはしないかと・・・、他人ごとながら、余計なことを考えてしまいます。
第一、白石一文の小説は、「何度も読んで」という部分はさておき、「泣くひと(が)続出・・・」するようなものですか、ということ。大いに感心したり、普通ならざる教養の高さに敬服したりするのですが、だからといって泣くような部類の小説だとは思えません。
それなりに読んではいますが、(少なくとも私は)泣いたことも泣きそうになったこともありません。この小説にしたところで、(半ばそうではないかと疑ってはいたのですが)どこをどんなふうに読めば泣けるのでしょう?
さっぱり分かりません。分からないといえば、他にも理解し難いところがいくつかあります。
〈心の底から愛した「運命の人」が隣にいない〉のなら「そんな人生に意味はあるのか!? 」とありますが、私なら「あります」と答えます。そもそも「運命の人」の定義が曖昧過ぎて、真面目に読もうという気になれません。
「予測不能のスリリングな展開に思わず一気読み! 」- 如何にもサスペンス、如何にもミステリアスな展開を思わせますが、そんな箇所はどこにもありません。何か精神的なものの変遷を言いたいのであれば、違う言い方をした方がいい。大きな勘違いをします。
「これぞ小説! これぞ物語の力! 凄まじい信念で「生きること」の意義を問い続ける白石一文の新傑作! 」-(小説は小説で間違いないですが)「これぞ物語の力! 」はいくら何でも言い過ぎでしょう。物語としてリアルじゃないので、文句を言っているわけです。
そもそも主人公のキャリアウーマンである田宮里江子、彼女を唯一人「運命の人」と信じてひたすら求愛する医者の長谷川岳志 - この2人がよく分からない。2人それぞれに、何をもって己の生きる真実とするかの根拠が理解できないのです。
ジョエル・ミュラーが描いた板絵のタイトルを記したプレートにある「わが心にも千億の翼を」という文字を読んだとき、里江子の背筋に電流のようなものが流れ、全身の力が抜け、へたり込んでしまいそうになります。
里江子は激しく動揺し、次の瞬間には岳志を「助けなくちゃ」と心で叫んだというのですが、これもよく分からない。つらつらと理由めいた(里江子の)記述はあるのですが、それでも「千億の翼」が何を意味するのか、彼女が何に触発されたのかが分かりません。
珍しく分からないこと尽くめの話を読んでしまいました。明晰な白石さんのことですから、何か伝えたいことの一点の為にこの物語を創り上げたということは分かります。
この小説は光文社が企画した、「死様」をテーマにした競作の中の一編であるようで、確かにそんな場面が中にあるにはありますが、残念ながら何ほどの印象も残りません。
梅原さんのようには理解できないし、新聞で取り上げられるほどの話題作なのかとも思います。自分の読み様の拙さを棚に上げて書きたいように書いてまだ言うかと思われるでしょうが・・・、ちっともよくなかった。何だか読んで損をした、そんな気持ちになりました。
この本を読んでみてください係数 70/100
◆白石 一文
1958年福岡県福岡市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。父白石一郎は直木賞作家。双子の弟白石文郎も小説家。
作品 「一瞬の光」「不自由な心」「すぐそばの彼方」「僕のなかの壊れていない部分」「心に龍をちりばめて」「ほかならぬ人へ」「神秘」ほか多数
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