『死んでいない者』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『死んでいない者』(滝口悠生), 作家別(た行), 書評(さ行), 滝口悠生

『死んでいない者』滝口 悠生 文芸春秋 2016年1月30日初版

秋のある日、大往生をとげた男の通夜に親類たちが集まった。子ども、孫、ひ孫たち30人あまり。一人ひとりが死に思いをめぐらせ、互いを思い、家族の記憶が広がってゆく。生の断片が集まり合って永遠の時間がたちあがる奇跡の一夜。第154回芥川賞受賞作。(文芸春秋BOOKSより)

イマイチ評判がよくありません。ネットに投稿された(一般読者の)感想などを拾い読みすると、かなり辛口の意見が目立ちます。曰く、「脈絡のない言動や思考が書き綴られているだけで、ストーリーがない」であるとか、

「展開がもの足りない」「未成年が酒を飲み過ぎだ」であるとか、「くどくてイライラ」して「全然おもしろくなく」て、挙句「文章が反則だ」といったものまであります。

断っておきますが、それらの意見に文句が言いたいのではありません。何と言いましょうか・・・、私の感じたものとのあまりの落差に、同じ小説を読んでこんなにも違った心持ちになるのはなぜなんだろうと、改めて考えさせられたということです。

思うに、相性というのはあると思います。ひょっとすると年齢によるところが大きいのかも知れません。いずれにしても、私の場合はおそらく体質的(!?)に、この手の小説(あるいは文体)が好きなのです。例えば、冒頭にこんな文章があります。

人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこちらのこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくなっているようにも思えるのだ。

誰かがそう言ったあと、「よしなさいよ、縁起でもない」と話は続いていくわけですが -
私ときたら、この部分を読んだだけで、すでに滝口悠生という人を好ましく感じ、同時に「ああ、この人なら信用できる」と思ってしまうのです。

だって、ある日亡くなった誰か(多くの場合両親かそのまた両親、あるいはその縁者)のために集まった(身内の)人間が、これといってすることもない中途半端な時間の中でとりとめに話すことと言えば、まさしくそんな感じなのですから。

もう何度も経験している私が言うので間違いありませんが、その場の(通夜という特別なイベントのさなかであるからこその)、生々しい死を前にしたそれぞれが、いくらかでもそれを客体化して語ろうとする、しかし僅かに興奮もしているような気配が手に取るように伝わってきます。

故人は、85歳。大往生だからこその場面です。そうでなければ、ああは書けません。日頃は疎遠な関係で、残された問題があるにはあるのですが、集まった親族らはときに冗談を言い、酒を酌み交わします。線香の火を絶やさぬための寝ずの番に備えてかどうか、息子や娘らは近くにある銭湯へ出かけて行きます。

その淡々とした書き方が、私にはピタリとハマります。余計な解釈なしに、あるがままを書いているだけなのに、それとはまた別の何かが、特別な空気や温度を伴いながら、次から次へと(それこそ脈絡なく)立ち上がってくる様子がいいのだと思います。

『死んでいない者』を語っているのは誰なのか。もしかしたら滝口さんにも正体は分からないのかもしれない。その不親切さゆえに生じるあいまいさを、私は魅力として受け取った。自在に流動する語り手は、登場人物に対して何の判断も下さず、彼らの心の欠落にそっと忍び込むことができる。どんな出来事も、目に映ったままをただ見るばかりで、余計なものは何も付け加えない。(小川洋子/芥川賞選評より抜粋)

だからこそ感じるものがあり、考えさせられることがあります。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆滝口 悠生
1982年東京都八丈町生まれ。埼玉県入間市出身。
早稲田大学第二文学部入学。(約3年で中退)

作品 「寝相」「愛と人生」「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」など

関連記事

『絶唱』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『絶唱』湊 かなえ 新潮文庫 2019年7月1日発行 悲しみしかないと、思っていた。

記事を読む

『痺れる』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『痺れる』沼田 まほかる 光文社文庫 2012年8月20日第一刷 12年前、敬愛していた姑(は

記事を読む

『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 「恥の多い生涯を送っ

記事を読む

『坂の途中の家』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『坂の途中の家』角田 光代 朝日文庫 2018年12月30日第一刷 最愛の娘を殺し

記事を読む

『空海』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『空海』高村 薫 新潮社 2015年9月30日発行 空海は二人いた - そうとでも考えなければ

記事を読む

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行 正常は発狂の一種 

記事を読む

『背中の蜘蛛』(誉田哲也)_第162回 直木賞候補作

『背中の蜘蛛』誉田 哲也 双葉社 2019年10月20日第1刷 池袋署刑事課の課長

記事を読む

『そして、海の泡になる』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『そして、海の泡になる』葉真中 顕 朝日文庫 2023年12月30日 第1刷発行 『ロスト・

記事を読む

『殺人出産』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『殺人出産』村田 沙耶香 講談社文庫 2016年8月10日第一刷 今から百年前、殺人は悪だった。1

記事を読む

『政治的に正しい警察小説』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『政治的に正しい警察小説』葉真中 顕 小学館文庫 2017年10月11日初版 飛ぶ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 (豊永浩平)_書評という名の読書感想文

『月ぬ走いや、馬ぬ走い (ちちぬはいや、うんまぬはい)』 豊永 浩平

『水車小屋のネネ』 (津村記久子)_書評という名の読書感想文

『水車小屋のネネ』 津村 記久子 毎日文庫 2026年4月25日 発

『それは誠』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『それは誠』乗代 雄介 文春文庫 2026年4月10日 第1刷

『けんちゃん』 (こだま)_書評という名の読書感想文

『けんちゃん』 こだま 扶桑社 2026年1月20日 初版第1刷発行

『ジャクソンひとり』 (安堂ホセ)_書評という名の読書感想文

『ジャクソンひとり』 安堂 ホセ 河出文庫 2025年5月20日 初

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑