『けむたい後輩』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『けむたい後輩』(柚木麻子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚木麻子

『けむたい後輩』柚木 麻子 幻冬舎文庫 2014年12月5日初版

14歳で作家デビューした過去があり、今もなお文学少女気取りの栞子は、世間知らずな真実子の憧れの先輩。二人の関係にやたらイラついてしまう美人で頑張り屋の美里は、栞子の恋人である大学教授に一目惚れされてしまう - 。名門女子大を舞台に、プライドを持て余した女性たちの嫉妬心と優越感が行き着く先を描いた、胸に突き刺さる成長小説。(幻冬舎文庫解説より)

物語は4つの章からなります。まず、それぞれの章のタイトルを紹介しましょう。
1 章 - 真実子、とりこになる  (一年生編)
2 章 - 真実子、とりのこされる (二年生編)
3 章 - 真実子、トリコロール  (三年生編)
終章 - 真実子、鳥になる    (四年生編)
※ 終章には短いエピローグがあり、卒業した後の真実子の様子が描かれています。

ご覧の通り、この小説は「真実子」なる女子大生を中心に、彼女と、彼女を取り巻く〈プライド高き〉女性らの行き着く先について、4年にわたる学生生活のおおよそを描いた物語です。真実子は、(4年の間に)誰もがあっと驚くような変化(成長)を遂げます。

ちょっと注意していれば分かる人には分かるのですが、そのことに誰もが気付かずにいます。栞子に至っては、(実は薄々勘付いてはいるのですが)認めるのが嫌なだけでわざと気が付かない〈ふり〉をしています。

では、なぜ、気付かなかったり気付かないふりをしているのか? - 横浜にあるお嬢様学校・聖フェリシモ女学院大学に通う女子学生たちは誰よりも〈自分〉が好きで、小樽からはるばるやって来た垢抜けない真実子のことなど気にしている場合ではないのです。

彼女たちはそれぞれに、ほかの人にない(と本人は思っている)優越感やプライドを〈必要以上〉に持っています。特に中等部から入学した、いわゆる内部生と呼ばれる学生の父兄には、政治家や企業の社長、その道で名を成した有名人などが数多くいます。

(良くも悪くも)中で特に目立っているのが栞子で、彼女の父親は有名な翻訳家で、フェリシモの理事にして元名物教授。彼女自身は、14歳で『けむり』という詩集を出版しています。若くして才能が開花し、時の栞子は誰よりも美しく、又ませてもいました。

少女ならではの妖しささえ放ち、それが元で教師の蓮見と付き合うようになります。大学生になった今も関係は続いており、多くの生徒の知るところとなっています。

他の学生らが徒党を組んで何かするのを、栞子は極端に嫌っています。媚を売るようで、化粧もしません。己の目指すところは彼女たちのそれとは別物だと頑なに思っています。ところが、現実には何を成すこともなく無為な毎日を過ごしています。蓮見に教えられた、蓮見と同じキャメルを喫い、蓮見との逢瀬に明け暮れています。

現在の栞子は、憂いを込めてただタバコを燻らすだけの、自信過剰でいけ好かない女に成り下がっています。昔の名声はとうに薄れ、(本人が思っているほどには)女としての魅力がありません。
・・・・・・・・・・
しかしながら、真実子が思う栞子だけは違っています。真実子はひたすら栞子を崇め、栞子の言うことやすることのすべてに心酔しています。実力なら国立大学へ行ける学力があったのですが、真実子は、栞子がいるのでフェリシモへの進学を望んだのです。

真実子は幼い印象で、大学1年生にはとても見えません。その上体が弱く、13歳の頃には肺の病気で入院していたことがあります。それでも幼なじみの美里と一緒ならばと、ようやっとのことで両親を説得し、フェリシモへの入学を果たしています。

寮では美里と同室。美里は体の弱い真実子を思い、あれやこれやと世話を焼きます。美里が気に入らないのは、真実子が、まるで子分のように栞子に呼び出されてはどこかへ出かけ、タバコのせいで咳き込んだり、ときに熱を出して寝込むようなことを繰り返していることです。

いくら美里が言い募っても、真実子は言うことを聞きません。思い込んだら一直線のような性格です。思えば幼い頃、真実子はあまり長くは生きられないだろうと思われていました。本人もそれを薄々感じていたのだろうと思います。

「一期一会」を心がけて生きてきたせいか、異様に生真面目な性格に育ち、約束は必ず守りますし、小さな疑問も見過ごしません。どんなささいな問題であろうと全力で挑む真実子は、(美里には)時にうっとうしいけれど羨ましくもあります。
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さて、(中にあるエピソードのあれこれが紹介できないのが残念ですが)物語の核心は(ネタバレぎみで心苦しくもあるのですが)、栞子と真実子の、実に鮮やかな立場の逆転劇にあります。(これも書き切れなくて申し訳ないのですが、美里にも注目してください)

3章までは、(正直に言うと)何が書きたいのかよく分からないような(ヌルい)話に、読むのをやめてしまおうかとも思いました。それが、最後の章になって急転直下、まるで違った印象になって幕が閉じます。もう、みごとと言うほか言葉がありません。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆柚木 麻子
1981年東京都世田谷区生まれ。
立教大学文学部フランス文学科卒業。

作品 「終点のあの子」「嘆きの美女」「早稲女、女、男」「私にふさわしいホテル」「王妃の帰還」「ランチのアッコちゃん」「その手をにぎりたい」「ナイルパーチの女子」他

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