『幻年時代』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『幻年時代』(坂口恭平), 作家別(さ行), 坂口恭平, 書評(か行)

『幻年時代』坂口 恭平 幻冬舎文庫 2016年12月10日初版

4才の春。電電公社の巨大団地を出て初めて幼稚園に向かった。なんの変哲もないこの400mの道行きは、自由を獲得するための冒険のはじまりだった。団地以外の生活があること、家族の幸福だけがすべてではないこと、現実は無数の世界のうちの一つでしかないことを母親に手を引かれながら知る。そのことが0円で生きることにこだわり、自分一人で国家をつくるという行動、つまり、僕の現実を生き抜くための方法へと繋がったのだ。誰もが感じる幼少期の戸惑いと違和感。忘れていた自分の中に生きる力は眠っている! 幼き記憶に潜れ - 。キミの強さ、輝き、自由はすでにそこにある! 破天荒にして奔放、狂おしいほどに繊細。路上生活者に教えを乞い、ひとりで国家をつくった男の原点とは - 。(「BOOK」データベースより)

ネットを見ると、久しぶりに小説を読んだ気がする、大変面白い - といった感想があります。他にも、映像が目に浮かぶであるとか、そういえば確かに私も幼い頃にそんな記憶がありますといったメッセージが寄せられています。

要は、肯定的に読みました、ちゃんと伝わってますよ、ということが言いたいのでしょう。まま、その気持ちはわからぬではありせん。

しかしです。

久しぶりに小説を読んだ気がする・・・・って、よくもまあ(いけしゃあしゃあと)そんな(ベタな)ことが言えたもんだと。

冗談じゃない。こんな小説読んだことがない、というのなら分かります。

それと、これも言わせてもらいます。あなたは著者が見たのと同じような景色を、本当に見たことがあるのでしょうか? 幼い日に著者の感じた通りに、かつてあなたも感じたことがある。そう言いたいのでしょうか。

ちょっと待ってください。それはあまりに安直過ぎる言い分ではないかと。私からすれば中々に理解しづらい、ずいぶんと変わった小説に思えるのですが、いかがなものでしょう?もしもあなたが思う通りなら、この本が世に出たそもそもの意味がないのではないかと。

ここに書いてある坂口恭平という人の記憶のあり方は、どう読んでも異質としか思えないような代物です。とてもじゃないが、並みの人間の脳ではこうはいきません。

もちろん(幼い頃の)似たような体験ですから勘違いもするわけですが、彼は明らかに常人とは違う地平にいます。目に映る景色を独自の視点で切り分け、それぞれをまた独自の解釈で理解します。併せて、そこで生きる人の様子にまで気を留めます。

それは天賦の才があればこその「記憶のあり方」で、同じ場所にいて同じものを眺め、同じような体験をする中でも、後になって彼が思い出すのは、そこにいた遊び仲間とはまるで違う景色であり、空気なわけです。坂口恭平は、それほどに異能の人物なのです。

4才のとき、あなたはどうだったのでしょう? おそらくは、確かな記憶さえ薄らいでいるのではないでしょうか。ですから、実は坂口恭平のことがよくは分からないのではないかと。本心を言えば、かなり苦労してこの本を読んだのではと思うのです。

こんなことなら気楽なエンタメでも読めばよかったと後悔しながら、それでも我慢して読んだのではないかと・・・・

この本を読んでみてください係数 75/100

◆坂口 恭平
1978年熊本県熊本市生まれ。作家の他に、建築家、音楽家、芸術家。
早稲田大学理工学部建築学科卒業。

作品 「独立国家のつくりかた」「家族の哲学」「徘徊タクシー」「ズームイン、服! 」など

関連記事

『身分帳』(佐木隆三)_書評という名の読書感想文

『身分帳』佐木 隆三 講談社文庫 2020年7月15日第1刷 人生の大半を獄中で過

記事を読む

『千の扉』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『千の扉』柴崎 友香 中公文庫 2020年10月25日初版 五階建ての棟の先には、

記事を読む

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か

記事を読む

『このあたりの人たち』(川上弘美)_〈このあたり〉 へようこそ。

『このあたりの人たち』川上 弘美 文春文庫 2019年11月10日第1刷 この本に

記事を読む

『後悔病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『後悔病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2017年4月11日初版 33歳の医師・早坂ルミ子は末期のがん

記事を読む

『神様からひと言』(荻原浩)_昔わたしが、わざとしたこと

『神様からひと言』荻原 浩 光文社文庫 2020年2月25日43刷 大手広告代理店

記事を読む

『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)_書評という名の読書感想文

『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲 新潮社 2023年10月20日 発行 いま最

記事を読む

『アンダーリポート/ブルー』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『アンダーリポート/ブルー』佐藤 正午 小学館文庫 2015年9月13日初版 15年前、ある地方

記事を読む

『♯拡散忌望』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『♯拡散忌望』最東 対地 角川ホラー文庫 2017年6月25日初版 ある高校の生徒達の噂。〈ドロ

記事を読む

『ギッちょん』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『ギッちょん』山下 澄人 文春文庫 2017年4月10日第一刷 四十歳を過ぎた「わたし」の目の前を

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑