『蓬萊』(今野敏)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『蓬萊』(今野敏), 今野敏, 作家別(か行), 書評(は行)

『蓬萊』今野 敏 講談社文庫 2016年8月10日第一刷

この中に「日本」が封印されている - 。ゲーム「蓬萊」の発売中止を迫る不可解な恫喝。なぜ圧力がかかるのか、ゲームに何らかの秘密が隠されているのか!? 混乱の中、製作スタッフが変死する。だが事件に関わる人々と安積警部補は謎と苦闘し続ける。今野敏警察小説の原型となった不朽の傑作、新装版。大沢在昌氏激賞。(講談社文庫)

資本金2千万、従業員はたった5人の小さな会社『ワタセ・ワークス』のオフィスは、渋谷区神宮前のマンションの一室にあります。

社長の渡瀬邦夫(35)とチーフプログラマーの沖田陽一(30)は元いた玩具メーカーの同僚で、経営の才覚を見込まれ、渡瀬が代表取締役社長をしています。若手プログラマーの村井友彦(24)と大木守(22)がおり、庶務担当の戸上舞(21)がいます。

問題となるのはプログラマーの一人、大木守が作った『蓬萊』というゲームソフト。既に生産が始まり発売を待つばかりになって、何者かにより、渡瀬は「発売するな」と脅しをかけられます。首謀者とおぼしき謎の人物に、「作るべきではなかった」と言われます。

脅迫者が誰かというのもさることながら、わからないのは、そのとき既にパソコン用ソフトは発売された後だったということです。彼らが「するな」と言ったのは、次に発売する予定のスーパーファミコン版のソフトだったという点です。
・・・・・・・・・
大木が作った『蓬萊』は、ある土地に上陸してそこに国を造っていくというゲームソフトで、何もない土地に、工業地、住宅地、商業地などを配置し、道路や鉄道を敷いていきます。すると、それぞれの土地が発達し始め、人口が増えていきます。

人口が増えると住宅地が不足し、住宅地が増えると雇用の確保が必要になります。工業地や商業地を増やさなければなりません。うまく配置しないと公害や交通渋滞が起こります。市の財政は限られており、使い過ぎると何か問題が起きたときに対処できなくなります。

公害や交通渋滞、犯罪の多発などが続くと、人口はみるみる減っていき、町はすたれていきます。突然の飛行機事故が起こったり、津波や地震、火事といった災害が発生した場合、頭脳を使ってそうした危機に対処していく -『蓬萊』とはそんなゲームなのです。

まだ確かなことが何一つわからない時分の、渡瀬と沖田の会話 - 2人は、それぞれに『蓬萊』を試しつつ、大木が何を考えてプログラムを組んだのだろうと話し合っています。

渡瀬:国は発展しているのか?
沖田:順調だ。
渡瀬:やはりおまえには勝てそうにない。
沖田:そんなことはないさ。事実、あんたは、騎馬民族のことを考えもしないのに、それに近い条件設定をして、ある程度成功している。

ふと沖田はまた黙って渡瀬の顔を見た。今度はさきほどとはちょっと違った感じだった。共感が感じられた。

沖田は、渡瀬のしたゲームの結果が気になるといい、『蓬萊』はでき過ぎなくらいによくできていると言います。(ユーザーにもある程度の結果が予想できる)従来のゲーム - それはそれで充分に楽しめるのですが - と比較して、『蓬萊』はどこか違うと言います。

(『蓬萊』は)それだけでは満足していない節がある。一種のランダムな選択が組み込まれているような気配があり、そのために原因と結果の結びつきがゆるやかになっている。

そうしたプログラムは膨大な情報量になるはずだが、それがすっきりとまとまって、通常のスーパーファミコン並みに収まっている。このランダムな結びつきは、実はカオス理論などのような見事な確率論で整理されているような気がする。そんなことを言います。

渡瀬が何者かによって暴行を受け、脅迫された直後、今度は大木守が不審の死を遂げます。神南署の安積と黒木という2人の刑事が訪れ、大木守は今朝東横線都立大学駅でホームから転落し、上り列車に轢かれて亡くなったと聞かされます。

このタイミングで大木が事故死とは・・・・。そのうち、渡瀬を脅した犯人が小田島勇と大谷雅男という「平成改国会議」の党員であるのがわかります。「平成改国会議」とは元は坂東連合系の七塚組のことで、広域暴力団傘下の組組織の仕業であるとわかります。

生前、大木守は東京大学史学科に籍を置く助教授、辻鷹彦と会っていたのがわかるのですが、実はこの辻も、自宅近くの路上で轢き逃げに遭い、搬送先の病院で亡くなってしまいます。大木が何を目当てに辻と会っていたのか。それがわかりません。

辻鷹彦は、調べてみると、中国・秦の始皇帝をまるめ込み、巨額の金を出させ、日本へやって来た「徐福」という伝説上の人物を研究しているらしいのがわかります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆今野 敏
1955年北海道三笠市生まれ。
上智大学文学部新聞学科卒業。

作品 「隠蔽捜査」「果断 隠蔽捜査2」「継続捜査ゼミ」「プロフェッション」「豹変」他多数

関連記事

『人間に向いてない』(黒澤いづみ)_書評という名の読書感想文

『人間に向いてない』黒澤 いづみ 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 とある若

記事を読む

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行 敗戦間近のビルマ戦線に

記事を読む

『やわらかな足で人魚は』(香月夕花)_書評という名の読書感想文

『やわらかな足で人魚は』香月 夕花 文春文庫 2021年3月10日第1刷 一体どう

記事を読む

『カナリアは眠れない』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『カナリアは眠れない』近藤 史恵 祥伝社文庫 1999年7月20日初版 変わり者の整体師合田力は

記事を読む

『抱く女』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『抱く女』桐野 夏生 新潮文庫 2018年9月1日発行 女は男の従属物じゃない - 。1972年、

記事を読む

『ふがいない僕は空を見た』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『ふがいない僕は空を見た』窪 美澄 新潮文庫 2012年10月1日発行 高校一年生の斉藤くんは、年

記事を読む

『億男』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『億男』川村 元気 文春文庫 2018年3月10日第一刷 宝くじで3億円を当てた図書館司書の一男。

記事を読む

『森に眠る魚』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『森に眠る魚』角田 光代 双葉文庫 2011年11月13日第一刷 東京の文教地区の町で出会った5人

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 「本日開店」は貧乏寺の住職の妻

記事を読む

『悪の血』(草凪優)_書評という名の読書感想文

『悪の血』草凪 優 祥伝社文庫 2020年4月20日初版 和翔は十三歳の時に母親を

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『錠剤F』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『錠剤F』井上 荒野 集英社 2024年1月15日 第1刷発行

『絞め殺しの樹』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『絞め殺しの樹』 河﨑 秋子 小学館文庫 2024年4月10日 初版

『つまらない住宅地のすべての家』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『つまらない住宅地のすべての家』津村 記久子 双葉文庫 2024年4

『悪逆』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪逆』黒川 博行 朝日新聞出版 2023年10月30日 第1刷発行

『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子)_書評という名の読書感想文

『エンド・オブ・ライフ』佐々 涼子 集英社文庫 2024年4月25日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑