『泥濘』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『泥濘』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(な行), 黒川博行

『泥濘』黒川 博行 文藝春秋 2018年6月30日第一刷

待たんかい。わしが躾をするのは、極道と半グレと、性根の腐った堅気だけやぞ」 疫病神シリーズの名コンビ、桑原と二宮が帰ってきた! 今度の標的は警察官OBが作る自称・親睦団体の「警慈会」。老人ホームにオレオレ詐欺・・・・・。老人を食い物にする腐り切った警察OBに二人は挑むが、二宮は拉致、桑原は銃撃を受け心肺停止になってしまう。

おまえ、おれを脅しとんのか」「脅し? わしは値踏みをしてるだけや。おまえがどれほどのワルか、をな」「社会のダニが一人前のことをいうやないか。ダニはダニらしいに、女のヒモになるか、シャブの売人でもして食うたらどうや」「わしはダニかい」「ダニはいいすぎた。クズや、おまえは」 警察OBのドンを相手に一歩も引かない桑原と二宮を待つ運命は? ドンデン返しに次ぐドンデン返しのスピード感がたまらない、疫病神シリーズ間違いなしの最高傑作。(文藝春秋BOOKSより)

人気シリーズの新刊。言わずもがなですが、今回もまた(期待通りに)おもしろい。

イケイケやくざ桑原の丁々発止のやり取りやルール無用の乱闘シーン。(それはもうあらかじめ定められていたかのように)まんまと桑原の企みに乗せられてしまう二宮。毎度のことではありながら、結果、二宮は地獄を見るような目に遭います。

一介の建設コンサルタントでありながら、二宮は生来の優柔不断さゆえ縁を切れずに、桑原がする “シノギ” に加担せざるを得なくなります。有無を言わせず呼び出され、同道したあげく一方的に殴られ、時に拉致までされて、命の危険に晒される破目になります。

しかし、二宮は言うほどに “やわ” ではありません。元来が能天気でズボラとも言えるのですが、時に桑原をも上回る厚かましさと少々のことではめげない性根を備えています。へりくだっているように見せかけて、実は抜け目がありません。

言うべきを言い、取るべき報酬は何があろうとものにする - そのしつこさに呆れながらも、桑原は桑原で、やると言った約束はきっちり守ります。(その金額が相応かどうかは別にして) 二宮は、その義理堅さだけを拠りどころとしています。

さて、事件と事件の合間、二人の間で交わされる、まるで掛け合い漫才のような会話の一端を紹介しましょう。怖ろしく緊迫した場面の後には、お決まりのように二人のボケとツッコミの会話があり、話はまた次の場面へと進んでゆきます。では、162ページあたりから。

白姚会の事務所で二宮を殴ったのは田所だ。振りおろされる金属バットが瞼に蘇る。
田所に〈返し〉をしようとは思わんのかい
これっぽっちも思いませんね。おれは堅気ですわ

チンチンついとんのか、おまえは
小なりといえど、ついてます
おまえみたいな弱造に、田所に会えとはいうてへんわい。わしはBMWがどうなってるか、田所に訊く」  ぐずぐずしていたら車体番号を替えられて売られる、という。

それはよろしいね。BMWの探索に賛成です
なにが賛成じゃ。おまえがキーを奪られたからやろ
そう、キーを奪られた。こいつが喧嘩をしたせいで - 。

こんな葱坊主になった、そもそもの原因はなんですかね」  頭の包帯ネットを触った。
いつまでもしつこいのう。世の中にローリスク・ハイリターンはないんじゃ
お言葉ですけど、おれはいまんとこ、ハイリスク・ノーリターンです

稼ぎの二割を寄越せというたノータリンは、どこのどいつや
「『マリリン・モンロー・ノー・リターン』・・・・・・・。マリリン・モンローはケネディーとつきおうてましたね
これや。なにをいうても堪えよらんで

桑原は舌打ちして、ほら、深江に行け」  シートベルトを締める。
どういうルートで行きますかね
おまえはタクシードライバーか。好きにせい」  腹が立つから、また煙草を吸いつけた。桑原は嫌味たらしくサイドウインドーを全開にした。

ここに書き出したような会話は好みじゃない、というなら仕方ありません。この作品はまぎれもなく “サスペンス&バイオレンス” 小説ですが、もしも、例に示した会話にこの上ない “おかしみ” が感じられないとしたら、それはこれがあなたの読むべき本ではないということです。あしからず。すみやかに他をあたってください。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「迅雷」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」他多数

関連記事

『NO LIFE KING ノーライフキング』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『NO LIFE KING ノーライフキング』いとう せいこう 新潮社 1988年8月10日発行

記事を読む

『嗤う名医』(久坂部羊)_書評という名の読書感想文

『嗤う名医』久坂部 羊 集英社文庫 2016年8月25日第一刷 脊柱管狭窄症で尿道に管を入れられ自

記事を読む

『祝山』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『祝山』加門 七海 光文社文庫 2007年9月20日初版 ホラー作家・鹿角南のもとに、旧友からメー

記事を読む

『森に眠る魚』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『森に眠る魚』角田 光代 双葉文庫 2011年11月13日第一刷 東京の文教地区の町で出会った5人

記事を読む

『ある行旅死亡人の物語』(共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣)_書評という名の読書感想文

『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣 毎日新聞出版 2024年1月15日

記事を読む

『サンブンノニ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『サンブンノニ』木下 半太 角川文庫 2016年2月25日初版 銀行強盗で得た大金を山分けし、

記事を読む

『猫を棄てる』(村上春樹)_父親について語るとき

『猫を棄てる 父親について語るとき』村上 春樹 文藝春秋 2020年4月25日第1刷

記事を読む

『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行 以下はすべてが解説からの抜粋です

記事を読む

『ノースライト』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ノースライト』横山 秀夫 新潮社 2019年2月28日発行 一家はどこへ消えたの

記事を読む

『奴隷小説』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『奴隷小説』桐野 夏生 文芸春秋 2015年1月30日第一刷 過激です。 桐野夏生の新刊『

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑