『結婚』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『結婚』(井上荒野), 井上荒野, 作家別(あ行), 書評(か行)

『結婚』井上 荒野 角川文庫 2016年1月25日初版

東京の事務員・亜佐子、佐世保の歌手・マユリ、仙台のOL・鳩子。彼女たちには忘れたくても忘れられない男がいる。結婚を匂わせ金銭を預けた途端に消えた宝石鑑定士・古海。ある女は待ち続け別の女は絶望した。だが鳩子は探し続け、ついに古海の相棒・千石るり子にたどり着くのだが・・・。「結婚」という魔物に騙された女たちと騙した男女、そして詐欺師・古海の妻。彼らが持つ闇と欲望の行く着く先とは!? (角川文庫解説より)

私は、彼女(井上荒野)のことをまったくと言っていいほど知りません。かすかに覚えがあるのは、直木賞をとった人であるということ、受賞したのが『切羽へ』という小説だったというくらいのことです。

あまりに頼りないので、ちょっと調べてみると、彼女は(同じ小説家の)井上光晴氏の娘であるとわかります。しかもこの『結婚』という小説は、父親である氏が書いた同名小説『結婚』(1982年刊)がベースになっているとあります。

- おお、そういうことであるのか。と、ここでちょっと納得。

次にこの小説の周辺記事などを読んでいると、面白いことが書いてあります。曰く、井上光晴という作家は40年にわたる文筆生活でおびただしい数の純文学作品を生み出し、生涯にわたって戦後文学の前衛であり続けた作家であった。・・・ようなのですが、

- その実、(娘から見た)父と母の結婚生活は「ドトー」の日々であったらしい。「ささいな怒りがたちまち思想や文学観に変換されてしまうような難儀さ」があったといいます。

娘である井上荒野からすれば、(特に思春期になって、同時に反抗期でもあった彼女にしてみれば)-「私は絶対普通のOLになって、普通のサラリーマンと結婚して、玉姫殿とかで結婚式をあげて、花束贈呈してやる」- などと思わずにはいられなかった父であり、また母であったようです。

いかばかりか破天荒(これを彼女は「前人未到の大スペクタクル」と表現しています)な両親の様子が想像できて面白いのですが、それより何より、それを間近で見ている(娘の)井上荒野の様子を思うと、(本人には申し訳ないのですが)ちょっと笑えたりします。

そんな娘が大きくなって、いつの間にやら気付けば父と同じ作家になっており、別にしなくていいのに、わざわざ同じタイトルの小説を書こうと思い立ったわけです。これはなかなかに、生まれ持った定めというか、血は争えませんなぁー、という話。

趣旨こそ違えど、2つはどちらも結婚詐欺を題材にした小説です。父親が書いた『結婚』という小説は読んだことも見たこともありませんが(そもそも私は井上光晴の小説を読んだことがない)、こっち(荒野)の方はかなり面白くてどなたにもお勧めの一冊です。

ただ面白いだけではなくて、(女性経験が少ないので私にはよくわからないのですが)思う以上に深い内容がありそうです。軽妙で、何よりテンポがいいのでさらっと読めてしまうのですが、行間にぎっしり詰め込まれた男女の機微を見落とさないようにしてください。

調子のいい男に騙されるばかりの女が何人も登場しますが、女には女なりのそれぞれの事情というものがあり、それは騙す側の男にしたところでそうなのです。

人と人とは、結局のところ、何を拠りどころにして関わったり関わらずにおこうとするのでしょう。

出逢った当初は運命を感じ、強く結ばれ、永遠に続くと信じた互いの関係の、そもそもの根拠は何ですかと訊かれたら、一体何と答えるのでしょう。まるで不確かなものしか見当たらない。- そんなことではないのでしょうか。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。

作品 「わたしのヌレエフ」「潤一」「切羽へ」「そこへ行くな」「もう切るわ」「しかたのない水」「ベーコン」「夜を着る」「雉猫心中」「リストランテ アモーレ」他多数

関連記事

『君の膵臓をたべたい』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『君の膵臓をたべたい』住野 よる 双葉社 2015年6月21日第一刷 主人公である「僕」が病院で

記事を読む

『幻の翼』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『幻の翼』逢坂 剛 集英社 1988年5月25日第一刷 『百舌の叫ぶ夜』に続くシリーズの第二話。

記事を読む

『ギブ・ミー・ア・チャンス』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『ギブ・ミー・ア・チャンス』荻原 浩 文春文庫 2018年10月10日第1刷 若年

記事を読む

『誰にも書ける一冊の本』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『誰にも書ける一冊の本』荻原 浩 光文社 2011年6月25日初版   この小説は複数の作家に

記事を読む

『怪物の木こり』(倉井眉介)_書評という名の読書感想文

『怪物の木こり』倉井 眉介 宝島社文庫 2023年8月10日 第6刷発行 第17回

記事を読む

『海馬の尻尾』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海馬の尻尾』荻原 浩 光文社文庫 2020年8月20日初版 二度目の原発事故でど

記事を読む

『永遠についての証明』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『永遠についての証明』岩井 圭也 角川文庫 2022年1月25日初版 圧倒的 「数

記事を読む

『刑罰0号』(西條奈加)_書評という名の読書感想文

『刑罰0号』西條 奈加 徳間文庫 2020年2月15日初刷 祝 直木賞受賞!

記事を読む

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『雨の夜、夜行列車に』(赤川次郎)_書評という名の読書感想文

『雨の夜、夜行列車に』赤川 次郎 角川文庫 2017年1月25日初版 「今夜、九時の列車よ - 」

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『マッチング』(内田英治)_書評という名の読書感想文

『マッチング』内田 英治 角川ホラー文庫 2024年2月20日 3版

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行

『存在のすべてを』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『存在のすべてを』塩田 武士 朝日新聞出版 2024年2月15日第5

『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑