『佐渡の三人』(長嶋有)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/13
『佐渡の三人』(長嶋有), 作家別(な行), 書評(さ行), 長嶋有
『佐渡の三人』長嶋 有 講談社文庫 2015年12月15日第一刷
物書きの「私」は、ひきこもりの弟、古道具屋の父とともに佐渡への旅に出る。目的は、祖父母の隣家に住む「おばちゃん」の骨を、郷里の墓に納骨すること。ところが、骨壺をユニクロの袋に入れて運ぶくらい儀礼に構わぬ一族のこと、旅は最初から迷走気味で・・・。ちょっとズレた家族をしみじみ描いた快作。(講談社文庫解説より)
文庫の帯に「狙ってもいないのに笑いをとる、ちょっとズレた三人」とあります。三人の内訳(というのも変ですが)は、父と娘と息子。三人が納骨のために東京から佐渡へ行き、また東京へ帰って来るまでの「佐渡の三人」から物語は始まります。(4つの物語からなる連作短編集です)
父・ヤツオは古道具屋を営んでおり、娘(姉)・道子は職業作家、無職でひきこもり気味の息子(弟)は大概は家にいます。三人は別々に暮らしています。これには色々と事情があるのですが、世間から見るとどこかしら変で、実の親子でありながらまるでそうではないみたいにして暮らしています。
ここで特筆しておくべきは、彼らに連なる見事に立派な家系です。まず父・ヤツオの兄弟。長男のヨツオは大学教授(言語学)、次男のムツオは医者(医学部教授)。三男のヤツオだけ、どういうわけでか古道具屋をしています。
そのまた父(語り手の道子目線で言うと祖父)がすごい。祖父の長節は、元は大学の医学部教授で、自らが作った病院の病院長でもあった人です。(余談 - この物語の優れた点のひとつは、これらの人物がまるで偉い人のようには描かれていないところです)
祖父と祖母(この人もすごい。補欠ながら東大に合格したという人物です)は、残念ながら今は二人して寝たきりになっています。世話をしているのは弟で、二人の代わりに市役所に行ったり、介護にかかる雑事を率先してするようになっています。
ややこしいので今一度整理しますと - 話の中心になるのが祖父母(ヤツオら三兄弟の親であり、道子と弟にとってはおじいちゃんとおばあちゃん)の家です。ここに弟(当然二人からすれば孫です)がいて、ひきこもりつつ(!?)二人の面倒をみています。
この(祖父母の)家を角に、Lの形に二軒家があります。その内一軒が、長男・ヨツオの家。もう一軒は、祖父の弟(道子からすると大叔父)夫婦と息子のリュウがいます。父・ヤツオは再婚して別に暮らし、離婚した母と一緒に家を出た道子もまた別に暮らしています。
「佐渡の三人」では、ユニクロの袋に入れたまま風呂敷に包んだ骨壺を抱えて佐渡へ納骨に行くわけですが、この時亡くなったのは大叔父のつれあい、道子からすれば最近まで「隣のおばちゃん」というだけでよく関係が分からなかった、つまりは(ヤツオや弟にとっても)肉親ではない、よその人の納骨をするためにわざわざ佐渡まで出かけたわけです。
これは祖父の生まれが佐渡であり、寺と墓が佐渡にあって、妻を亡くした大叔父が「骨は海にでも撒けばいい」と言ったのを祖母が咎めて、郷里の墓へ納めて来るよう三人に命令した故のことです。
・・・・・・・・・・
物語は軽妙なタッチで進んで行きます。これはある意味当然で、登場する人物らは、何かの「代わり」に、それで何かを「躱そう」として〈ウケ〉を狙います。「冗談めかすことで、深刻ななにかを相対化する。他者に心配をかけまいという優しさを発揮する」(本文より)のです。
身内の誰もが、「大切な、ことのほか重大な」何かを置き去りにしたままであるのが、道子には分かります。祖父母のことになると、弟は少しばかり父を責める口調になります。老い先短い二人の行く末を嘆くようなことを弟が言うと、父は「そうな」「そうな」と同調するようなことをとりあえず言います。
弟も、だからもっと会いに来いとか、もっと面倒をみろとは言いません。父は父で、祖父母の金で暮らしている弟が、寝たきりの祖父母をちょっと世話してるぐらいで威張るのを、よく思っているわけではありません。でもやっぱり、そのことを直接には言いません。
そして私 - 道子は、少し離れて父と弟をみています。もうかれこれ十数年、こうしてみています。祖父母をめぐっての応酬は、問題の入り口でしかない - 道子はそう考えています。しかし、思うに自分もただ傍観者としてここにいて、はらはらしながら、だが間違いなく面白がってもいるのです。
祖父が九十九歳と九ヶ月で大往生を遂げ、次に大叔父が逝き、続いて祖母が逝きます。祖父のため、大叔父と祖母の2人のため、各々の骨を抱えて、道子はまた佐渡へ行くことになります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆長嶋 有
1972年埼玉県草加市生まれ。
東洋大学第2部文学部国文学科卒業。
作品 「サイドカーに犬」「猛スピードで母は」「夕子ちゃんの近道」「タンノイのエジンバラ」「ジャージの二人」「パラレル」「泣かない女はいない」他多数
関連記事
-
『さまよえる脳髄』(逢坂剛)_あなたは脳梁断裂という言葉をご存じだろうか。
『さまよえる脳髄』逢坂 剛 集英社文庫 2019年11月6日第5刷 なんということで
-
『しょうがの味は熱い』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文
『しょうがの味は熱い』綿矢 りさ 文春文庫 2015年5月10日第一刷 結婚という言葉を使わず
-
『獅子渡り鼻』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文
『獅子渡り鼻』小野 正嗣 講談社文庫 2015年7月15日第一刷 小さな入り江と低い山並みに挟
-
『ワルツを踊ろう』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『ワルツを踊ろう』中山 七里 幻冬舎文庫 2019年10月10日初版 金も仕事も住
-
『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文
『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田 まほかる 幻冬舎文庫 2009年10月10日初版 8年前
-
『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文
『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初版 誰か私に、
-
『さよなら、ビー玉父さん』(阿月まひる)_書評という名の読書感想文
『さよなら、ビー玉父さん』阿月 まひる 角川文庫 2018年8月25日初版 夏の炎天下、しがない3
-
『痺れる』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文
『痺れる』沼田 まほかる 光文社文庫 2012年8月20日第一刷 12年前、敬愛していた姑(は
-
『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文
『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 克己と
-
『迅雷』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『迅雷』黒川 博行 双葉社 1995年5月25日第一刷 「極道は身代金とるには最高の獲物やで」