『信仰/Faith』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『信仰/Faith』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香

『信仰/Faith』村田 沙耶香 文藝春秋 2022年8月10日第3刷発行

なあ、俺と、新しくカルト始めない?

現実こそ正義、好きな言葉は 原価いくら? の私は、カルト商法を始めようと誘われて - 。信じることの危うさと切実さに痺れる8篇。米シャーリィ・ジャクスン賞中編小説部門候補作 (文藝春秋)

第6話 「気持ちよさという罪」 より

子どもの頃、大人が 「個性」 という言葉を安易に使うのが大嫌いだった。
確か中学生くらいのころ、急に学校の先生が一斉に 「個性」 という言葉を使い始めたという記憶がある。今まで私たちを扱いやすいように、平均化しようとしていた人たちが、急になぜ? という気持ちと、その言葉を使っているときの、気持ちのよさそうな様子がとても薄気味悪かった。全校集会では 「個性を大事にしよう」 と若い男の先生が大きな声で演説した。「ちょうどいい、大人が喜ぶくらいの」 個性的な絵や作文が褒められたり、評価されたりするようになった。「さあ、怖がらないで、みんなももっと個性を出しなさい! 」 と言わんばかりだった。そして、本当に異質なもの、異常性を感じさせるものは、今まで通り静かに排除されていた。

当時の私は、「個性」 とは、「大人たちにとって気持ちがいい、想像がつく範囲の、ちょうどいい、素敵な特徴を見せてください! 」 という意味の言葉なのだな、と思った。

こんな生徒がいたら、たいていの先生はいたたまれないと思います。気持よく吐いた言葉が、実は全否定されているなどとは考えもしないはずで、もしもその場で指摘されたりしたら、返す言葉が見つからず、その場から逃げ出してしまうかもしれません。自分が発した言葉の安直さに今更に気付かされ、激しく動揺することでしょう。

著者が書く小説には、細心の注意を払わなければなりません。そして、絶えずこう言い聞かせながら読むことが肝要です。村田沙耶香にとっては - これが普通なんだ - と。突拍子だとか、起こるはずがないだとか、それはあなたに限ったことでしょう、などとは間違っても思わないことです。

[初出]
信仰 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年2月号
イギリス・「Granta Online」 にて英訳 「Faith」 が公開 (2020年11月18日)。

生存 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年7月号
アメリカ・OR Books社からの依頼で、『Tales of Two Planets:Stories of Climate Chage and Inequality in a Divided World』 (Penguin Random House 刊、2020年) のため、「地球温暖化と社会的な不平等の相互関係」 というテーマで書き下ろした作品、「Survival」 の原文。

土脉潤起 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「群 像」 2018年2月号
「掌篇歳事記 春夏」 (講談社刊、2019年) に収録。
※土脉潤起:二十四節気七十二候で表す季節のこと。「雪に代わり温かな春の雨が降って、寒さに固くなっていた大地がうるおう」 頃を指します。

彼らの惑星へ帰っていくこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「新 潮」 2021年1月号
アメリカ・「Literary Hub」 掲載のエッセイ、「Sayaka Murata on Making Friends with Imaginary Aliens」 (2020年10月7日) の原文。

カルチャーショック ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年9月号
イギリス・「マンチェスター インターナショナル フェスティバル」 のイベント 「Studio Crēole」 のために、「旅にまつわる話で、匿名的な一人称 (わたし) の語りで、旅先で出会った人との会話が含まれるもの」 というテーマで書き下ろした作品、「Culture Shock」 の原文。

気持ちよさという罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「朝日新聞」 2020年1月11日

書かなかった小説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2021年8月号

最後の展覧会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「新 潮」 2021年9月号
ドイツ・フォルクヴァンク美術館開館100周年特別展 「ルノワール、モネ、ゴーギャン - 浮遊する世界のイメージ」 (2022年2月6日~5月15日) の図録のため 「松方幸次郎とカール・エルンスト・オストハウスの架空の出会い」 をテーマに書き下ろした作品、「Die letzte Ausstellung」 の原文。

※高い評価は日本国内に止まりません。そんな作品を読んでいるんだと。それは私が生きる上での大きな支えになっています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。

作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」「コンビニ人間」「地球星人」「変半身/KAWARIMI」「生命式」他多数

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