『信仰/Faith』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
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『信仰/Faith』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村田沙耶香
『信仰/Faith』村田 沙耶香 文藝春秋 2022年8月10日第3刷発行
なあ、俺と、新しくカルト始めない?
現実こそ正義、好きな言葉は 「原価いくら? 」 の私は、カルト商法を始めようと誘われて - 。信じることの危うさと切実さに痺れる8篇。米シャーリィ・ジャクスン賞中編小説部門候補作 (文藝春秋)
第6話 「気持ちよさという罪」 より
子どもの頃、大人が 「個性」 という言葉を安易に使うのが大嫌いだった。
確か中学生くらいのころ、急に学校の先生が一斉に 「個性」 という言葉を使い始めたという記憶がある。今まで私たちを扱いやすいように、平均化しようとしていた人たちが、急になぜ? という気持ちと、その言葉を使っているときの、気持ちのよさそうな様子がとても薄気味悪かった。全校集会では 「個性を大事にしよう」 と若い男の先生が大きな声で演説した。「ちょうどいい、大人が喜ぶくらいの」 個性的な絵や作文が褒められたり、評価されたりするようになった。「さあ、怖がらないで、みんなももっと個性を出しなさい! 」 と言わんばかりだった。そして、本当に異質なもの、異常性を感じさせるものは、今まで通り静かに排除されていた。当時の私は、「個性」 とは、「大人たちにとって気持ちがいい、想像がつく範囲の、ちょうどいい、素敵な特徴を見せてください! 」 という意味の言葉なのだな、と思った。
こんな生徒がいたら、たいていの先生はいたたまれないと思います。気持よく吐いた言葉が、実は全否定されているなどとは考えもしないはずで、もしもその場で指摘されたりしたら、返す言葉が見つからず、その場から逃げ出してしまうかもしれません。自分が発した言葉の安直さに今更に気付かされ、激しく動揺することでしょう。
著者が書く小説には、細心の注意を払わなければなりません。そして、絶えずこう言い聞かせながら読むことが肝要です。村田沙耶香にとっては - これが普通なんだ - と。突拍子だとか、起こるはずがないだとか、それはあなたに限ったことでしょう、などとは間違っても思わないことです。
[初出]
◆ 信仰 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年2月号
イギリス・「Granta Online」 にて英訳 「Faith」 が公開 (2020年11月18日)。
◆ 生存 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年7月号
アメリカ・OR Books社からの依頼で、『Tales of Two Planets:Stories of Climate Chage and Inequality in a Divided World』 (Penguin Random House 刊、2020年) のため、「地球温暖化と社会的な不平等の相互関係」 というテーマで書き下ろした作品、「Survival」 の原文。
◆ 土脉潤起 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「群 像」 2018年2月号
「掌篇歳事記 春夏」 (講談社刊、2019年) に収録。
※土脉潤起:二十四節気七十二候で表す季節のこと。「雪に代わり温かな春の雨が降って、寒さに固くなっていた大地がうるおう」 頃を指します。
◆ 彼らの惑星へ帰っていくこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「新 潮」 2021年1月号
アメリカ・「Literary Hub」 掲載のエッセイ、「Sayaka Murata on Making Friends with Imaginary Aliens」 (2020年10月7日) の原文。
◆ カルチャーショック ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2019年9月号
イギリス・「マンチェスター インターナショナル フェスティバル」 のイベント 「Studio Crēole」 のために、「旅にまつわる話で、匿名的な一人称 (わたし) の語りで、旅先で出会った人との会話が含まれるもの」 というテーマで書き下ろした作品、「Culture Shock」 の原文。
◆ 気持ちよさという罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「朝日新聞」 2020年1月11日
◆ 書かなかった小説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「文學界」 2021年8月号
◆ 最後の展覧会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「新 潮」 2021年9月号
ドイツ・フォルクヴァンク美術館開館100周年特別展 「ルノワール、モネ、ゴーギャン - 浮遊する世界のイメージ」 (2022年2月6日~5月15日) の図録のため 「松方幸次郎とカール・エルンスト・オストハウスの架空の出会い」 をテーマに書き下ろした作品、「Die letzte Ausstellung」 の原文。
※高い評価は日本国内に止まりません。そんな作品を読んでいるんだと。それは私が生きる上での大きな支えになっています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」「コンビニ人間」「地球星人」「変半身/KAWARIMI」「生命式」他多数
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