『桜の首飾り』(千早茜)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/13
『桜の首飾り』(千早茜), 作家別(た行), 千早茜, 書評(さ行)
『桜の首飾り』千早 茜 実業之日本社文庫 2015年2月15日初版
あたたかい桜、冷たく微笑む桜、烈しく乱れ散る桜・・・・桜の季節に、人と人の心が繋がる一瞬を鮮やかに切り取った、感動の短編集。ステージママを嫌う子役の女の子(「初花)、謎多き愛人をめぐる二人の男(「花荒れ」)、見知らぬ女性から「青い桜の刺青の標本を探して」と頼まれる大学資料館のアルバイト(「背中」)。現代に生きる男女の姿を、気鋭の作家が描き出す。(実業之日本社文庫より)
京都の一乗寺というところにあるちょっとレトロな本屋「恵文社」の[地元出身の作家コーナー]みたいな一画で見つけた人で、これで3冊目。
それまでは聞いたこともなかったのですが、生まれは北海道、小学時代をアフリカのザンビアで過ごし、その後どういうわけでか京都の大学に進学しそのまま京都暮らしをしているので[地元に縁のある人]、ということらしい。
最初に読んだ『魚神』が面白かったので、次に『あとかた』を読んで、で、この本。桜というからにはもう少し早くに読めばよかったものを今さらながらに読み出したのですが、(確かに桜がモチーフではありますが)話の中身は春らしくも何ともない。
むしろ、ちょっと怪しい。『魚神』ほどではないにせよ、この世のものともあの世のものとも知れない気配があって、そこがいい。現代に生きる男女のあれやこれやもさることながら、中にある「物の怪(もののけ)」っぽさの方によりこの人らしさを感じます。
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で、おススメするのが冒頭にある「春の狐憑き」という話。最後まで読んで、結局私はこれが一番面白かった。
管(くだ)に入った狐と管の持ち主(つまりは狐の飼い主ということになります)、そしてその怪しいけれどいかにも紳士然とした持ち主の男性と知り合った美術館で働く「私」の話です。
2月の終わりのまだ肌寒い午後、いつもの公園で古びた木のベンチに座っていると -「この管にはね、狐が入っているのですよ」- と私に声をかける人がいます。顔をあげると、初老の男性がにっこりと笑っています。
軽くて暖かそうなオリーブ色の外套が水に濡れた苔のように輝いて見えます。コートでもジャケットでもなく、外套。その男性からはそんな昔めいた品の良さが漂っています。
「狐・・・・ですか」「・・・ずいぶん、小さいのですね」と私が言うと、男性は深く頷き、もっともらしくこう言い返します -「ええ、ただの狐ではないですからね」
それはそうだろうと思った。
その人の手にある竹製と思しき管は、小ぶりの筆箱くらいの大きさしかなかった。木肌は光沢を帯びた飴色をしていて、両側に黒ずんだ金属製の唐草模様の蓋がついている。見たこともないものだったが、とても古そうな品のようだった。
「かなり手に入れるのに苦労しましたよ。相当値が張る上に、もう数も少ないですからね」そう言って愛おしいそうに管を撫でるのですが、私は少し怖くなります。上品な老紳士に見えるのですが、言っていることがどうもおかしい - としか思えないのです。
・・・・・・・・・・
どうです、何のことやらさっぱりわからないでしょ?
ここらあたりでやっと男性が「尾崎さん」という名前だと分かります。そんな出会いのあと、私はちょくちょく同じ公園で尾崎さんと言葉を交わすようになります。彼の話はもっぱら狐に関することで、一般に狐というのは6種類あるのです、などと言います。
尾崎さんは、いつも細長い体にぴったりと合った仕立ての良い服を着ています。フリーサイズという言葉が最もそぐわない感じで、デザインはひどくクラシック、茶色や緑といった植物によく馴染む色を好んでいるようです。
背筋をぴんと伸ばし、真っ直ぐにベンチに座っています。革の靴もいつもぴかぴかに磨きあげられており、私には西洋の童話から抜け出してきた人みたいに見えます・・・・
ときたらどうでしょう? もしかするとこの尾崎さんこそが狐で、ちょっと人生に病んでる感がある「私」にそれとなく近づいて何やら企んでいるのか、あるいは神憑り的に「私」を今とは違う晴れやかな場所へでも連れ出そうとしてくれるのか -
間違ってはないのですが当っているとも言い難い、微妙なところ。ただ、尾崎さんは決して狐ではありません。少し変ではありますが、あくまで穏やかで優しい人です。実は私が美術館で働いていることも最初から知っているのです。その上で話しかけたということは、やはりのこと「私」の方に何か事情があるわけです。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆千早 茜
1979年北海道江別市生まれ。
立命館大学文学部人文総合インスティテュート卒業。
作品 「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」「からまる」「森の家」「あとかた」「魚神」「眠りの庭」「男ともだち」など
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