『潤一』(井上荒野)_書評という名の読書感想文 

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『潤一』(井上荒野), 井上荒野, 作家別(あ行), 書評(さ行)

『潤一』井上 荒野 新潮文庫 2019年6月10日3刷

好きだよと、潤一は囁いた。
それが嘘だとわかっていても、私は彼に、抱かれたかった - 。

伊月潤一、26歳。住所も定まらず定職もない、気まぐれで調子のいい男。女たちを魅了してやまない不良。寄る辺ない日常に埋もれていた女たちの人生は、潤一に会って、束の間、輝きを取り戻す。だが、潤一は、一人の女のそばには決してとどまらず、ふらりと去っていく。小さな波紋だけを残して・・・・・・・。漂うように生きる潤一と14歳から62歳までの9人の女性。刹那の愛を繊細に描いた連作短篇集。島清恋愛文学賞受賞作。(新潮文庫)

彼は滴り、こぼれ落ちる。女心の隙間にそっと忍びこみ、一生消えない記憶を残していく男・・・・・・・

無職、宿無し、気まぐれに女から女へと渡り歩く潤一。
出産を控えた妊婦、映子。妹の旦那と寝る姉、環。
亡くなった夫の不倫を疑う未亡人、あゆ子。夫に束縛された装丁家の女、千尋。
処女を捨てたい女子高生、瑠依。毎日男漁りに出掛ける女、美雪・・・。
それぞれの孤独な日常の隙間に、潤一はいつの間にか現れて、消える。
潤一はどこから来て、どこへ行くのか・・・。

この小説に登場する潤一は藁色の髪をした青年だ。
背が高く、骨格は華奢、その体つきは 「濃い匂いをたてる南国の果物を連想」 させる。

- 以下は、解説 (by栗田有起) より抜粋。

いく人もの女性が彼と出会う。そして交わる。彼も、彼女たちも、そうするのが当然だから、とでもいうように、その出会いを受け入れる。

彼らの様子は終始とても静かだ。交わりにことさら意味を持たそうとせず、おだやかな川の流れのごとく物事は進む。

出産を間近にひかえた映子は彼とラブホテルへ行く。亡くなった夫の秘密を知ってしまったあゆ子は彼のこぐ自転車の後部に座る。瑠依は川を渡るため彼と一緒にボートに乗り、香子は半身不随の夫の目の前で彼とベッドに入る。美夏は、ドーナツとマグカップを彼が持って帰るのを、今か今かと待っている。

それらのあまりの自然さに不思議な気持ちになってくる。

彼らは激情にまかせて声を荒げるような真似をめったにしないから、彼らの言葉を聞き漏らさないために、耳をそばだてなければならない。彼らが求めているものがなんなのか、そしてそれが手に入ったとき、どういう反応をするのか。

・・・・・・・ そして私たちは気づくのだ。自分もこの瞬間、潤一と交わっている。潤一と交わる女たちとも交わっている。ああ、私たちはこうやって生きている。これこそを求めて、今を生きている。

男の私にはとうていわからない。女性がすべてそうかというと、そうではない。大抵の場合、おおよそそんなことは起こりそうもない。そんなこととは関わりなく生きている。

ところが、起こってしまう。思いがけなくも、起こるべくして起こってしまう。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。

作品 「虫娘」「ほろびぬ姫」「切羽へ」「つやのよる」「誰かの木琴」「ママがやった」「赤へ」「その話は今日はやめておきましょう」「あちらにいる鬼」他多数

関連記事

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版第1刷 本郷に

記事を読む

『百舌の叫ぶ夜』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『百舌の叫ぶ夜』 逢坂 剛 集英社 1986年2月25日第一刷 「百舌シリーズ」第一作。(テレビ

記事を読む

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日第1刷 隙間風

記事を読む

『新装版 汝の名』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 汝の名』明野 照葉 中公文庫 2020年12月25日改版発行 三十代の若

記事を読む

『鈴木ごっこ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『鈴木ごっこ』木下 半太 幻冬舎文庫 2015年6月10日初版 世田谷区のある空き家にわけあり

記事を読む

『絶叫』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『絶叫』葉真中 顕 光文社文庫 2019年3月5日第7刷 - 私を棄てたこの世界を騙

記事を読む

『殺人依存症』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『殺人依存症』櫛木 理宇 幻冬舎文庫 2020年10月10日初版 息子を六年前に亡

記事を読む

『銃とチョコレート 』(乙一)_書評という名の読書感想文

『銃とチョコレート』 乙一 講談社文庫 2016年7月15日第一刷 大富豪の家を狙い財宝を盗み続け

記事を読む

『なぎさホテル』(伊集院静)_書評という名の読書感想文

『なぎさホテル』伊集院 静 小学館文庫 2016年10月11日初版 「いいんですよ。部屋代なんてい

記事を読む

『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『殺人鬼フジコの衝動』真梨 幸子 徳間文庫 2011年5月15日初版 小学5年生、11歳の少

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『俺たちは神じゃない/麻布中央病院外科』(中山祐次郎)_書評という名の読書感想文

『俺たちは神じゃない/麻布中央病院外科』中山 祐次郎 新潮文庫 20

『ミーツ・ザ・ワールド』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『ミーツ・ザ・ワールド』金原 ひとみ 集英社文庫 2025年1月30

『みぞれ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『みぞれ』重松 清 角川文庫 2024年11月25日 初版発行

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑