『ブータン、これでいいのだ』(御手洗瑞子)_書評という名の読書感想文

『ブータン、これでいいのだ』御手洗 瑞子 新潮文庫 2016年6月1日発行

クリーニングに出したセーターの袖は千切れているし、給湯器は壊れてお湯が噴出するし、仕事はまったく思い通りに運ばない。「幸せの国」と言われるブータンだけど、現実には社会問題も山積みです。それでも彼らは、「これでいいのだ」と図太くかまえ、胸を張って笑っている - 。初代首相フェローとしてブータン政府に勤務した著者が、日本人にも伝えたい彼らの「幸せ力」とは。(新潮文庫より)

一時期しきりにマスコミに取り上げられては、「いい国だ、いい国だ」とやたら褒めそやされていたのをみなさんは覚えておられるでしょうか? 若い現国王が新婚の王妃を連れて日本へやって来た時は、大勢の人が並々ならぬ興味を持って迎え入れたものです。

そんな中国とインドに挟まれたヒマラヤにある小国、GDP(国内総生産)の向上よりGHN(国民総幸福量)の最大化を目指すことを善しとする「ブータン王国」に単身乗り込んだうら若き女性というのが、著者である御手洗瑞子その人であります。

「瑞子」と書いて、たまこ。細身の美形で、何より才媛。名前の可愛らしさと秀でた経歴とのギャップに、ちょっと笑えます。

文章だけ読むと、もっともっと上手なエッセイストは山ほどいるように思いますが、何せ直接ブータン政府に雇われて実際に仕事をした人となると、今のところ彼女を置いて他にないのが何よりの強みと言えば強みであるわけで・・・・、

丁寧すぎて、まるで女子高生が書く感想文のような感じで始まっているのですが、(略歴にあるように)彼女は東大の経済学部を卒業した後、(誰もが名前くらいは知っている)米コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーで働いていたという人物です。

それがたまたま知人が行ったブータン旅行の話を聞き、撮り貯められた写真を眺めるうちに沸々とブータンのイメージが自分の中に立ち上がるのを自覚したと言います。その1年後、またまた会社の同僚から偶然にもブータン政府がある人材を探しているという情報を入手します。

これがなかなかに並みの求人ではありません。ブータン政府が首相フェローというポジションを作り、第1号となる人を探しているという - 世の凡人にはおよそ想像もつかない求人であるわけです。

ところがたまこ女史は「なんと、そんな機会が! 」と迷わず手を挙げ、応募すると、周りのの厚いサポートもあって(と優しく謙遜しつつも)、みごとその第1号となってかの国へ赴任するに相成ったというわけです。

「首相フェロー」(任期は1年)というのがどれほど重要な仕事で、世界中で何人くらいの人が応募したかは分かりませんが、およそ凡庸な人間には勤まらないということだけは分かります。観光や視察目的で行くわけではなし、知識は無くとも相応の覚悟は要ります。

ありそうでないのがその「覚悟」で、それがあるたまこ女史はそれだけで十分重責を担うだけの資質を持った人だと言えるのでしょう。現在彼女は31歳。日本に戻ってからは東日本大震災後の東北へ行き、現在は「気仙沼ニッティング」という編み物会社を立ち上げて社長として日夜奮闘しているといいます。

まさか、そんな人の本だとは思わずに買ってしまいました。普通の作家さんの旅行記かなんかのつもりで手に取ったのですが、予想外のことに少しびっくりもしています。

どこかの感想文の中に「・・・・、内容はともかくも、いいとこのお嬢さんらしいことがよくわかる」みたいなものがありましたが、なるほどそう言われれば、容姿といい人や物をみる目線に、如何にも育ちの良さげな人の雰囲気が感じられます。

優等生に過ぎてその分毒気がないので物足りなく感じるかも知れません。が、元よりプロの作家さんではないので、それを思えば十二分に為になる本ではあります。もっと写真があれば尚よかった。ブータンがどこにあるのか、知らない人にこそ読んでほしい一冊です。

※ ちなみに、ブータンはインドの北、中国の真南、ヒマラヤの山中に位置する国です。チベット仏教を国教とする地域で、ゾンカ語というブータン独自の言語を国語とし、英語も広く話されています。

面積は38,000平方キロメートルで、九州と同じくらい。日本全体の1/10にあたる大きさです。人口は2009年時点で68万人。都道府県でいうと島根県、東京23区でいうと練馬区や大田区と同じぐらいの人口です。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆御手洗 瑞子
1985年東京都生まれ。
東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間、ブータン政府に初代首相フェローとして勤め、産業育成に従事。その後、帰国。

作品 「気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社」

関連記事

『パリ行ったことないの』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『パリ行ったことないの』山内 マリコ 集英社文庫 2017年4月25日第一刷 女性たちの憧れの街〈

記事を読む

『ぬるい毒』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『ぬるい毒』本谷 有希子 新潮文庫 2014年3月1日発行 あの夜、同級生と思しき見知らぬ男の

記事を読む

『火車』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『火車』宮部 みゆき 新潮文庫 2020年5月10日87刷 ミステリー20年間の第1

記事を読む

『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『過ぎ去りし王国の城』宮部 みゆき 角川文庫 2018年6月25日初版 中学3年の尾垣真が拾った中

記事を読む

『HEAVEN/萩原重化学工業連続殺人事件』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『HEAVEN/萩原重化学工業連続殺人事件』浦賀 和宏  幻冬舎文庫  2018年4月10日初版

記事を読む

『伝説のエンドーくん』(まはら三桃)_書評という名の読書感想文

『伝説のエンドーくん』まはら 三桃 小学館文庫 2018年6月11日初版 中学校の職員室を舞台に、

記事を読む

『初恋』(大倉崇裕)_世界29の映画祭が熱狂! 渾身の小説化

『初恋』大倉 崇裕 徳間文庫 2020年2月15日初刷 あの三池崇史監督が 「さら

記事を読む

『中国行きのスロウ・ボート』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『中国行きのスロウ・ボート』村上 春樹 文芸春秋 1983年5月20日初版 村上春樹の初めての短

記事を読む

『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『彼女が最後に見たものは』まさき としか 小学館文庫 2021年12月12日初版第1刷

記事を読む

『密やかな結晶 新装版』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『密やかな結晶 新装版』小川 洋子 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 記憶

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『我らが少女A (上下)』 (高村薫)_書評という名の読書感想文

『我らが少女A (上下)』高村 薫 毎日文庫 2025年5月10日

『黒猫亭事件』(横溝正史)_書評という名の読書感想文

『黒猫亭事件』横溝 正史 角川文庫 2024年11月15日 3版発行

『一心同体だった』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『一心同体だった』山内 マリコ 集英社文庫 2025年4月25日 第

『夜の道標』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『夜の道標』芦沢 央 中公文庫 2025年4月25日 初版発行

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』(伊与原新)_書評という名の読書感想文

『フクロウ准教授の午睡 (シエスタ)』伊与原 新 文春文庫 2025

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑