『負け逃げ』(こざわたまこ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『負け逃げ』(こざわたまこ), こざわたまこ, 作家別(か行), 書評(ま行)

『負け逃げ』こざわ たまこ 新潮文庫 2018年4月1日発行

第11回 『女による女のためのR-18文学賞』 読者賞受賞作 「僕の災い」 を含む連作短編集。冒頭に受賞作、あとに 「美しく、輝く」「蠅」「兄帰らず」「けもの道」「ふるさとの春はいつも少し遅い」- と続きます。

「先生」
ヒデジは、うん? と言って振り向き、私の言葉の続きを待っていた。西日が、ヒデジの顔を照らしている。その時にはもう、知っていた。自分がヒデジに、何を言いたかったのか。
「先生は、どうしてこの村に戻って来たんですか」
私はずっと、これが聞きたかった。ヒデジが何故この村を出ていったのか、そんなことはどうでもよかった。

この村を出る理由なんて、掃いて捨てる程ある。私にも、ヒデジにも、もちろん志村先生にだって。多分、この村に住む人の数だけ。この村を出た人も、いつかこの村を出る人も、この村を出ることはない人も、それを持っている。本当は、ヒデジ達の噂話に花を咲かせるこの村の誰もが。

けど、ヒデジが村に戻って来た理由は、私にはわからない。きっと、誰にもわからない。戻ってきた人にしかわからない。どんなにその理由が明らかなように見えたって、きっとその人にしか。母には母の、母だけの理由がきっと、あるように。(「ふるさとの春はいつも少し遅い」 より)

町の人にはわからない。村で暮らすとは、例えばこういうことである。

平日の朝。八時を過ぎると、家のある辺り一帯がしんとなる。集落の中ほどにあっては、車はもとより、人が歩く気配すら消えてなくなる。春秋の農繁期の一時を除き、年がら年中そんなありさまだ。

じきに五月の祭りがやってくる。その時だけは、道を、やたらに人が行き来する。平生よりかは幾分大きめの、世間話の声が聞こえてくる。村でする一大イベントに、皆が沸き立つ気持ちを抑えられないでいるのだろう。

かつては私もそうであったように思う。しかし、おそらくは、今いる若者の多くはそうではないのだろう。

祭りが嫌なわけではない。慣れ親しんだ太鼓の音や鐘の拍子に気持ちが昂りもするだろう。但し、進んで参加しようとは思わない。遠目に眺めるくらいがせいぜいで、

いるにはいるけれど、彼らはもはや、そんなこととは違う世界で生きている。

国道沿いのラブホテルのネオンだけが夜を照らす村を、自転車で爆走する高校生の田上。ある晩ラブホ帰りの同級生、野口と遭遇した。足が不自由な彼女は “復讐” のため、村中の男と寝るという。田上は協力を申し出るが・・・・・・・。出会い系、不倫、家庭崩壊、諦めながら見る将来の夢。地方に生まれた全ての人が、そこを出る理由も、出ない理由も持っている。光を探して必死にもがく、青春疾走群像劇。(新潮文庫)

この村いちばんのヤリマンの女子高生、イヤホンで大音量の音楽を聴きながら深夜の国道を自転車で疾走する男子高校生、生徒たちから呼ばわりされる四十代前半の生物教師、その教師と不倫中の同僚

皆に共通するのは、いいようのない閉塞感。町というのもおこがましいほど小さな村 - 閉ざされた中で生きることを強いられたかれらは必死になって足掻きます。その様子が、痛く切ないまでに語られていきます。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆こざわ たまこ
1986年福島県原町市(現・南相馬市原町区)生まれ。
専修大学文学部卒業。

作品 2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。15年、同作を収録した連作短編集「負け逃げ」を刊行。初めての単行本となる。

関連記事

『茗荷谷の猫』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『茗荷谷の猫』木内 昇 文春文庫 2023年7月25 第7刷 もう少し手を伸ばせばあの夢にと

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『月と雷』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『月と雷』角田 光代 中央公論新社 2012年7月10日初版 大人になっても普通の生活ができ

記事を読む

『顔に降りかかる雨/新装版』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『顔に降りかかる雨/新装版』桐野 夏生 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 親友の耀子が、曰く

記事を読む

『身分帳』(佐木隆三)_書評という名の読書感想文

『身分帳』佐木 隆三 講談社文庫 2020年7月15日第1刷 人生の大半を獄中で過

記事を読む

『理系。』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『理系。』川村 元気 文春文庫 2020年9月10日第1刷 いかに 「理系の知恵」

記事を読む

『ミーナの行進』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ミーナの行進』小川 洋子 中公文庫 2018年11月30日6刷発行 美しくて、か

記事を読む

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2月1日 発行 すぐに全編

記事を読む

『おめでとう』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『おめでとう』川上 弘美 新潮文庫 2003年7月1日発行 いつか別れる私たちのこの

記事を読む

『煙霞』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『煙霞』黒川 博行 文芸春秋 2009年1月30日第一刷 WOWOWでドラマになっているらし

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『教誨』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『教誨』柚月 裕子 小学館文庫 2025年2月11日 初版第1刷発行

『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 堀川 惠子 講談社文庫 

『セルフィの死』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『セルフィの死』本谷 有希子 新潮社 2024年12月20日 発行

『鑑定人 氏家京太郎』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『鑑定人 氏家京太郎』中山 七里 宝島社 2025年2月15日 第1

『教誨師』 (堀川惠子)_書評という名の読書感想文

『教誨師』 堀川 惠子 講談社文庫 2025年2月10日 第8刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑