『夜よ鼠たちのために』(連城三紀彦)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『夜よ鼠たちのために』(連城三紀彦), 書評(や行)

『夜よ鼠たちのために』(復刻名作1位)連城 三紀彦 宝島社 2014年9月18日第一刷

年末年始に読む本を仕入れに行ったら、どどっと並んでいたので思わず買ってしまいました。「このミステリーがすごい! 2014年版」の「復刻希望! 幻の名作ベストテン」の第1位とくれば、とりあえず読んで損はない、と。

恥ずかしながら、私はこんなに有名な作家さんの本をこれまでに一冊も読んだことがありません。読まなかった理由があることにはあるのですが、あまりに個人的な理由なので省略するとして、真っ新な気持ちで正月早々読んでおりました。

三十年以上も前に書かれた話ですが、さすがにランキングトップに相応しいだけのことはありますね。古くないし、アクがなく誰もに受け入れられる正統派の作品が揃っています。プロットは練りに練られており、簡単には事件の全容に辿り着けない周到な準備が施されています。

表題作の「夜よ鼠たちのために」は特徴的で、普通に「こいつが犯人だ」と信じて読み進めて行くと、途中で「ちょっと待ってよ。それ誰のこと言ってるの?」といった具合で、読む手がとまります。殺人事件の様相は大きく方向転換して、複雑でより深い真相へと読者は導かれていくのです。今の若い人にも通用する、上質なサスペンス・ミステリーです。

この本には9つの短編が収められています。「夜よ鼠たちのために」の他に、冒頭の「二つの顔」と、続く「過去からの声」を少しだけご紹介しましょう。

「二つの顔」
肖像画のモデルとして他にない魅力を感じ、真木は契子と結婚しました。しかし、妻としては理想的な契子でしたが、画家の真木が望んだ想像の女性ではありませんでした。

深夜、真木は警察から突然の電話を受けます。新宿のホテルで発生した殺人事件の被害者が妻の契子らしいという連絡に、真木は激しく動揺します。契子なら、ついさっきまで絨毯の上に横たわっていた...真木自身が寝室で契子を殺した直後に、その電話はかかってきたのでした。

ホテルの部屋の状況は、まるで寝室での様子を再現したように全てが酷似していました。顔こそ潰されているものの、遺留品などから死体は間違いなく契子です。真木の弟・新司も、義姉の契子に違いないと証言します。
ホテルで殺されたのが本当に契子なら、自分の犯罪の隠れ蓑になってくれるかもしれない...咄嗟にそう考えた真木は、警察の問いかけに「たしかに妻の契子です」と、はっきり答えていました。

「過去からの声」
たった二年で刑事を辞めると言った僕を、岩さんは怒りませんでした。「逃げるのもいいだろう...」淋しそうに笑った岩さんは、僕の肩を励ますように二度叩いてくれました。岩さんにだけは、あのことを話しておかなければならない...僕が辞めた、本当の理由を。

僕が岩さんと組んだ最後の仕事は、全日航空副社長・山藤武彦の三歳になる一人息子の誘拐事件でした。身代金の受渡し現場から逃走する犯人車両を追跡する途中、予期せぬ事故が目の前で発生し、追尾役の刑事は誤った連絡を本部へ入れてしまいます。犯人車両の行方を実際とは逆方向に報告した結果、車は遂にキャッチ出来ず仕舞いに終わります。

公開捜査の結果、岡田啓介という男が誘拐犯であることが判明しますが、岡田は指名手配になった二日後、事故死体となって発見されます。車には身代金のほとんどが残されており、岡田の死は単なる事故死と断定され、事件は無事終止符を打ったかに思えました。

しかし、それは新聞に報道された限りの表の事情で、事件の全てを語る内容ではありませんでした。記事にはならない事実と気持ちを、僕は岩さんに告白しようと思っています。
・・・・・・・・・・
短編ですので、書き出すと全てがネタバレぎみになりそうなので、後はじっくりとお読みいただくことにしましょう。とりあえず、損はないと思います。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆連城 三紀彦

1948年愛知県名古屋市生まれ。2013年10月、65歳で没。

早稲田大学政治経済学部卒業。真宗大谷派の僧侶でもあった。

作品 「変調二人羽織」「戻り川心中」「宵待草夜情」「恋文」「隠れ菊」「私という名の変奏曲」「黄昏のベルリン」「美女」「造花の蜜」他多数

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