『紙の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『紙の月』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代
『紙の月』 角田 光代 角川春樹事務所 2012年3月8日第一刷
映画 『紙の月』 の全国ロードショーが11月から始まります。主人公の梅澤梨花を演じるのは宮沢りえで、今は9月ですが、宣伝広告をよく見るようになりました。
また、今年の1月からはNHKで『紙の月』の連続TVドラマが放映されていました。そのときの主演は原田知世でした。ドラマを毎回欠かさず観て、その合間に本を読み直していました。
梅澤梨花、41歳。パート社員としてわかば銀行に勤務、担当は渉外係(外回り、得意先係とも言います)。
梨花は誠実な仕事ぶりで徐々に顧客の信頼を得ていきます。
担当する資産家の老人平林孝三には、殊の外気に入られていました。
その孝三の孫光太と知り合った頃、不正の芽は息吹きはじめます。
客から預かった現金を銀行へ入金せず、偽造した定期預金証書を返却するという手段で梨花の不正は始まります。
銀行の金を着服するという感覚よりも、一時的に借りるつもりで始めた証書の偽造が次の偽造へと続き、破綻のときまでひたすら梨花は偽造証書を作り続けることになります。
着服した現金の大半は光太との逢瀬に費やされ、その額は日増しに膨らんでいきます。
それは、41歳の女が現役大学生の男から与えられる愉悦と恍惚へのささやかな代償のように私には思えてなりません。
裕福な大人の女性を演じるために惜しげもなく梨花は散財し、光太への高価なプレゼントを繰り返すのでした。
証書さえ作り続ければこの幸せは永遠に続く、決して発覚などしない、たいていの預金者は証書を渡すときに疑って確かめることなどしないのだから。
しかし一方で、偽造を平気で繰り返すようになった自分がもう二度と以前の自分には戻れないところまで来てしまっていることに梨花は気付いてもいるのでした。
不正の期間は2年に及び、総額は1億円に上っていました。
偽造した証書の詳細を忘れぬようきちんと整理していたノートもいつからか開けることもせず、ただひたすらに穴埋め用の証書を作る梨花は鬼気迫るものがあります。
やがて永遠に続くと思われた逢瀬も、光太の拒絶で終焉を迎えます。
銀行では不正防止の内部監査が告知され、梨花が当事者として指名されます。
・・・・・・・・・
銀行の金を不正に着服するなどという大胆な思いが最初から梨花にあったわけではありません。
まして光太との情交など夢想だにしなかったことです。
すべては事の成り行きです。
それは、予期せぬ偶然や夫婦関係に生じていた気付かぬくらいの澱や歪み、そして光太と出会ったことで沸き立つ漠とした高揚感。
今ならまだ別の何者かになれるかも知れない。
それらが重なり合い反応した結果起こった事実は、梅澤梨花にとっては抜き差しならぬ情動だったと言えるのかも知れません。
彼女はタイへ逃亡し、いまチェンマイの街をひとり歩いています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業
大学在学中に初めての小説を書く。卒業して1年後に角田光代として発表したテビュー作『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞する。以後、数々の文学賞を受賞している。
作品 「まどろむ夜のUFO」「キッドナップ・ツアー」「空中庭園」「対岸の彼女」「ロック母」「八日目の蝉」「ツリーハウス」「かなたの子」「私のなかの彼女」ほか多数
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