『紙の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/03/17 『紙の月』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代

『紙の月』 角田 光代  角川春樹事務所 2012年3月8日第一刷 @1,500


紙の月 (ハルキ文庫 か 8-2)

 

角田光代が好きである。

 

映画『紙の月』の全国ロードショーが11月から始まります。

主人公の梅澤梨花を演じるのは宮沢りえで、今は9月ですが宣伝広告をよく見るようになりました。

また、今年の1月からはNHKで『紙の月』の連続TVドラマが放映されていました。

そのときの主演は原田知世でした。

ドラマを毎回欠かさず観て、その合間に本を読み直していました。

 

梅澤梨花、41歳。パート社員としてわかば銀行に勤務、担当は渉外係(外回り、得意先係とも言います)。

梨花は誠実な仕事ぶりで徐々に顧客の信頼を得ていきます。

担当する資産家の老人平林孝三には、殊の外気に入られていました。

その孝三の孫光太と知り合った頃、不正の芽は息吹きはじめます。

 

客から預かった現金を銀行へ入金せず、偽造した定期預金証書を返却するという手段で梨花の不正は始まります。

銀行の金を着服するという感覚よりも、一時的に借りるつもりで始めた証書の偽造が次の偽造へと続き、破綻のときまでひたすら梨花は偽造証書を作り続けることになります。

着服した現金の大半は光太との逢瀬に費やされ、その額は日増しに膨らんでいきます。

それは、41歳の女が現役大学生の男から与えられる愉悦と恍惚へのささやかな代償のように私には思えてなりません。

裕福な大人の女性を演じるために惜しげもなく梨花は散財し、光太への高価なプレゼントを繰り返すのでした。

証書さえ作り続ければこの幸せは永遠に続く、決して発覚などしない、たいていの預金者は証書を渡すときに疑って確かめることなどしないのだから。

 

しかし一方で、偽造を平気で繰り返すようになった自分がもう二度と以前の自分には戻れないところまで来てしまっていることに梨花は気付いてもいるのでした。

不正の期間は2年に及び、総額は1億円に上っていました。

偽造した証書の詳細を忘れぬようきちんと整理していたノートもいつからか開けることもせず、ただひたすらに穴埋め用の証書を作る梨花は鬼気迫るものがあります。

やがて永遠に続くと思われた逢瀬も、光太の拒絶で終焉を迎えます。

銀行では不正防止の内部監査が告知され、梨花が当事者として指名されます。

・・・・・・・・・

銀行の金を不正に着服するなどという大胆な思いが最初から梨花にあったわけではありません。

まして光太との情交など夢想だにしなかったことです。

すべては事の成り行きです。

それは、予期せぬ偶然や夫婦関係に生じていた気付かぬくらいの澱や歪み、そして光太と出会ったことで沸き立つ漠とした高揚感。

今ならまだ別の何者かになれるかも知れない。

それらが重なり合い反応した結果起こった事実は、梅澤梨花にとっては抜き差しならぬ情動だったと言えるのかも知れません。

 

彼女はタイへ逃亡し、いまチェンマイの街をひとり歩いています。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


紙の月 (ハルキ文庫 か 8-2)

◆角田 光代

1967年神奈川県横浜市生まれ。

早稲田大学第一文学部文芸専修卒業

大学在学中に初めての小説を書く。卒業して1年後に角田光代として発表したテビュー作『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞する。以後、数々の文学賞を受賞している。

作品 「まどろむ夜のUFO」「キッドナップ・ツアー」「空中庭園」「対岸の彼女」「ロック母」「八日目の蝉」「ツリーハウス」「かなたの子」「私のなかの彼女」ほか多数

関連記事

『カナリアは眠れない』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『カナリアは眠れない』近藤 史恵 祥伝社文庫 1999年7月20日初版 カナリヤは眠れない (

記事を読む

『FLY,DADDY,FLY』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『FLY,DADDY,FLY』金城 一紀 講談社 2003年1月31日第一刷 フライ,ダディ,

記事を読む

『黒い家』(貴志祐介)_書評という名の読書感想文

『黒い家』貴志 祐介 角川ホラー文庫 1998年12月10日初版 黒い家 (角川ホラー文庫)

記事を読む

『アカガミ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『アカガミ』窪 美澄 河出文庫 2018年10月20日初版 アカガミ (河出文庫) 渋谷で出

記事を読む

『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷 愚者の毒 (祥伝社文庫)

記事を読む

『神様』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『神様』川上 弘美 中公文庫 2001年10月25日初版 神様 (中公文庫) なぜなんだろうと。

記事を読む

『大阪』(岸政彦 柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021年1月30日初版発行 大阪 大阪に来た

記事を読む

『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 農ガール、農ライフ

記事を読む

『雨に殺せば』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『雨に殺せば』黒川 博行 文芸春秋 1985年6月15日第一刷 雨に殺せば (創元推理文庫)

記事を読む

『個人教授』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『個人教授』佐藤 正午 角川文庫 2014年3月25日初版 個人教授 (角川文庫) 桜の花が

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『はるか/HAL – CA』(宿野かほる)_書評という名の読書感想文

『はるか/HAL - CA』宿野 かほる 新潮文庫 2021年10月

『変な家』(雨穴)_書評という名の読書感想文

『変な家』雨穴 飛鳥新社 2021年9月10日第8刷発行 変な

『でえれえ、やっちもねえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『でえれえ、やっちもねえ』岩井 志麻子 角川ホラー文庫 2021年6

『推し、燃ゆ』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『推し、燃ゆ』宇佐見 りん 河出書房新社 2021年3月15日40刷

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』(似鳥鶏)_書評という名の読書感想文

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』似鳥 鶏 河出文庫 2021年6

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑