『翼がなくても』(中山七里)_ミステリーの先にある感動をあなたに
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最終更新日:2019/12/30
『翼がなくても』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(た行)
『翼がなくても』中山 七里 双葉文庫 2019年12月15日第1刷
陸上200m走でオリンピックを狙うアスリート・市ノ瀬沙良を悲劇が襲った。交通事故に巻きこまれ、左足を切断したのだ。加害者である相楽泰輔は幼馴染みであり、沙良は憎悪とやりきれなさでもがき苦しむ。ところが、泰輔は何者かに殺害され、5000万円もの保険金が支払われた。動機を持つ沙良には犯行が不可能であり、捜査にあたる警視庁の犬養刑事は頭を抱える。事件の陰には悪名高い御子柴弁護士の姿がちらつくが - 。(双葉文庫)
[さらに詳しく]
主人公は実業団の陸上部に入部して二年目の市ノ瀬沙良。彼女はオリンピックを射程圏内に捉えたスプリンターだ。ところがその夢は一瞬にして打ち砕かれた。隣に住む幼馴染・相楽泰輔の運転する車が、沙良を撥ねたのである。重傷を負った左足に治癒の可能性はなく、膝から下を切断。オリンピックはおろか、障害者となった彼女は会社の陸上部にすらいられなくなってしまう。
絶望と怒りに苛まれる沙良だったが、ある日、事態は急展開を見せる。なんと泰輔が自室で胸を刺され、死んでいるのが見つかったのだ。窓は開いており、凶器は発見されなかった。恨みを抱いている沙良にも容疑がかかったが・・・・・・・。
というのが本書の導入部である。本を開いてから沙良が足を切断するまで、ほんの二十ページ。序盤から怒涛の展開で、あっという間に読者を取り込む手腕はさすがだ。
物語はここから二つの流れに分かれる。ひとつは沙良の再起。そしてもうひとつは泰輔の事件を追う警察の捜査だ。(以下略/解説より)
作品全般に対し、著者の中山七里の [言い分] はこうです。
[題材にはしているけれど、この小説はスポーツ小説ではない。いったん挫折した人間がどういう風に甦るかという話です。夢は追っているだけではダメ。責任を持った大人というのは、現実を見ながら、夢を語れる人だと思うんです。それを主人公の沙良には体現してほしかった」(帯裏/「ダ・ヴィンチ」 2017年3月号 著者インタビューより)
[読んだ私の素直な感想]
物語は、確かに “二つの流れ” に沿って進みます。「ひとつは沙良の再起。そしてもうひとつは泰輔の事件を追う警察の捜査」 であるわけですが、(これは中山七里のミステリーであると承知しつつも) 読むうち段々と、主たる興味は 「沙良の再起」 の方に傾いていきます。
おそらく、多くの読者が同じ気持ちになるだろうと。あの (中山七里のミステリーには欠かせない人気キャラクター) 警視庁捜査一課の刑事・犬養隼人や、異能の悪徳弁護士・御子柴礼司をしても、沙良がする挑戦を前にしては見る影がありません。
事件の真相解明もさることながら、本物のアスリートがするエキサイティングな疾走と、コンマ何秒かを競うスリリングなレース展開は、その爽快さときわどさにおいて、著者の代名詞である “どんでん返し” のそれに勝るとも劣らないものがあります。
そして間違ってはならないのは、この小説が単に 「可哀相な障害者の再生の話」 ではないということ。一人の女性アスリートがする “新たな競技” への 「飽くなき挑戦の物語」 であるということです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「悪徳の輪舞曲(ロンド)」「連続殺人鬼カエル男」他多数
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