『45°ここだけの話』(長野まゆみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『45°ここだけの話』(長野まゆみ), 作家別(な行), 書評(や行), 長野まゆみ

『45° ここだけの話』長野 まゆみ 講談社文庫 2019年8月9日第1刷

カフェで、ファストフードで、教室で、ケアホームで、一見普通の人物が語りはじめる不可思議な物語。一卵性双生児、夢の暗示、記憶の改竄、自殺志願者など、ちりばめられた不穏なモチーフが導く衝撃の結末。読んでいるうちに物語に取り込まれ、世界は曖昧で確かなことなど何もないと気づかされる戦慄の九篇。(講談社文庫)

書いてあるのは、以下のような話のオンパレードで、それぞれが思いもしない “オチ” で終わります。いまある世界が反転するような、信じたものが跡形もなく消え去るような話ばかりが九篇、みごとに揃っています。

まずは、本書の冒頭に置かれた 「11:55」 を見てみましょう。主人公の 「私」 は、11:55の待ち合わせのため、しかし一時間も早く、ある駅中のカフェに入ります。そこで、二十数年前、中学三年だったときの同級生を目撃します。向こうは気づきませんが、「私」 はその男、川上一彦を忘れるはずがありません。かつて川上は、複雑きわまる手口を弄して、「私」 を恥ずべき盗撮の犯人に仕立て上げた張本人だからです。

その川上がなんと 「私」 の待ち合わせ相手である女性上司、通称クレハチと会って話を始めます。「私」 は、川上とクレハチに気づかれないのをいいことに二人の様子を覗き見ながら、まもなく炸裂することになる川上への復讐について思いをはせます。「私」 は、中学時代の盗撮事件の真犯人が川上であることを明かす証拠のフィルムを、中学校のタイムカプセルのなかに埋めこんでおいたのでした。そのタイムカプセルが予定より早く掘りだされたというニュースが昨日、報道されたのです・・・・・・・。

ところが、これがオチではないのです。約束の11:55 になり、「私」 のケータイに “ほんもの” のクレハチから電話がかかってきます。クレハチとはじつは編集者で、用件は11:55 が締め切りの原稿の催促なのでした。「私」 は、たった今書き上げたばかりの妄想の産物をメールでクレハチに送信します。「私」 の川上への復讐譚は、〇〇〇である 「私」 が、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇を見て妄想し、その場で〇〇〇〇〇〇〇だった、というのがオチなのです。(解説より/以下略)

次の短篇 「45°」 に登場する雨宮は聴覚過敏で、聞こえないはずの音まで聞える、いわば知覚の異常者です。知覚異常といえば、「+-」 の語り手 「ぼく」 の場合もそう。「2°」 に登場するリサの五感は混線状態で、脳のあちこちでショートや断線が起こっています。

- 「45°」 のカタロギは完全な記憶喪失に陥っていましたし、「×」 のハルユキも同じく記憶喪失者です。そればかりか、「/Y」 の志津先生が認知症であるのを始めとして、「45°」 のカタロギの父も、「+-」 のカコの母も認知症なのです。認知症とは単なる病理ではなく、「/Y」 で説明されるようにいわば記憶のエッシャー化であり、描かれているイメージと背景のどちらもが真実にも虚偽にも反転しうるような、精神の迷宮状態の表現なのです。そしてそれは本書 『45° ここだけの話』 の諸作品に共通する特色ともいえます。(同解説より/中条省平:学習院大学フランス語圏文化学科教授)

何が真実で、何が虚偽か? どこまでが本当のことで、どこからが妄想なのか? 時に宙に浮いたまま、心はどこにも着地しません。確かな事とは何なのでしょう? ぜひにも、その正体を探り当てたいものです。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆長野 まゆみ
1959年東京都生まれ。
女子美術大学芸術学部産業デザイン科デザイン専攻卒業。

作品 「少年アリス」「天体議会」「新世界(全5巻)」「若葉のころ」「カルトローレ」「野川」「デカルコマニア」「八月六日上々天氣」他多数

関連記事

『ネメシスの使者』(中山七里)_テミスの剣。ネメシスの使者

『ネメシスの使者』中山 七里 文春文庫 2020年2月10日第1刷 物語は、猛暑日が

記事を読む

『教団X』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『教団X』中村 文則 集英社文庫 2017年6月30日第一刷 突然自分の前から姿を消した女性を探し

記事を読む

『地下の鳩』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『地下の鳩』西 加奈子 文春文庫 2014年6月10日第一刷 大阪最大の繁華街、ミナミのキャバ

記事を読む

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』(西村賢太)_書評という名の読書感想文

『芝公園六角堂跡/狂える藤澤清造の残影』西村 賢太 文春文庫 2020年12月10日第1刷

記事を読む

『やがて海へと届く』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『やがて海へと届く』彩瀬 まる 講談社文庫 2019年2月15日第一刷 一人旅の途

記事を読む

『よるのふくらみ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『よるのふくらみ』窪 美澄 新潮文庫 2016年10月1日発行 以下はすべてが解説からの抜粋です

記事を読む

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』(谷川俊太郎)_書評という名の読書感想文

『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』谷川 俊太郎 青土社 1975年9月20日初版発行

記事を読む

『窓の魚』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『窓の魚』西 加奈子 新潮文庫 2011年1月1日発行 温泉宿で一夜をすごす、2組の恋人たち。

記事を読む

『去年の冬、きみと別れ』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『去年の冬、きみと別れ』中村 文則 幻冬舎文庫 2016年4月25日初版 ライターの「僕」は、ある

記事を読む

『最後の命』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『最後の命』中村 文則 講談社文庫 2010年7月15日第一刷 中村文則の小説はミステリーとして

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑