『鵜頭川村事件』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『鵜頭川村事件』(櫛木理宇), 作家別(か行), 書評(あ行), 櫛木理宇

『鵜頭川村事件』櫛木 理宇 文春文庫 2020年11月10日第1刷

墓参りのため、亡き妻の故郷・鵜頭川村を三年ぶりに訪れた岩森明とその娘。突然、豪雨にみまわれ、山間の小さな村は土砂崩れで孤立。そして、若者の死体が発見された。犯人は村人か、それとも - 。降りしきる雨の中、父と幼い娘は暴動と狂乱に陥った村から脱出できるのか。血と恐怖のパニック・サスペンス! (文春文庫)

刃は、骨になかば食いこんで止まったらしい。
手斧を振るった青年が、引き抜こうと柄を動かす。
そのたび、悲痛な悲鳴が長く尾を引く。
血の臭いが漂った。
叫喚。怒号。痙攣的な、場違いな笑い声。
掌の汗を、岩森は無意識にズボンで拭った。

[事件の発端と概要]
1979年 (昭和54年) 6月17日未明、気象台はX県全域に大雨洪水警報を発令した。午前5時から8時にかけての3時間の降水量が200ミリを超える大雨を記録。県内各地に豪雨による冠水、土砂崩れ、河川の氾濫、堤防の決壊、橋の崩壊等の被害をもたらした。山中にある鵜頭川村もそのひとつで、17日の朝に土砂崩れが起こったことにより、停電および断水をともなう孤立状態となった。

・17日、警察と消防が救援部隊を結成するも、堤防の決壊などで緊急性の高い区域に多く人員が割かれた。鵜頭川村にも救援部隊は派遣されたが、大規模な地盤の緩みにより救援活動は遅々として進まなかった。
・18日、若者を中心とする住民で自警団が結成された。
・20日、自警団と、自警団に反発する住民らの間で諍いが勃発した。災害による不自由が続き、鬱憤が溜まっていたことなどから大規模な内乱に発展。暴力をともなう騒乱となった。
・6月22日早朝、救援部隊到着。前述の内乱による死亡を含む死者4名、および78名の重軽傷者が発見され、住民とともに保護された。(本文より)

事件発生当時の村の人口は約900人。世帯数は約300戸。その内、矢萩姓がおよそ1割を占めます。矢萩一族は、昭和20年代に農地を手放し、村長一族の会社の下請けとなる建設会社を興して成功し、この30年間、村民たちの雇用主として支配的な立場を維持してきました。

この基本的な村の構造が近年、揺らぎ始めています。それを象徴するのが、矢萩一族が推進する道路拡張工事でした。着工はしたものの、村の全世帯の4割を占める降谷家の人々が反対に回り、その勢力は、次の選挙で再選を狙う村長も無視できないものになっています。

この対立構造こそが元凶で、未曾有の災害がきっかけになり、綻びかけた関係が増幅し、さらなる対立を生むことになります。長く続く封建的な村社会の中で、虐げられた人びとは、これを機にと、闘うことを決意します。

たまたま墓参りに帰って来ただけの岩森と娘の愛子も、やがて狂乱のさなかに放り込まれることになります。ただのよそ者ではいられなくなります。

※この物語に登場する人物は、優に20人を超えます。ややこしいことこの上ないのですが、冒頭にある 「人物相関図」 を参考に、確認しながら読み進めてください。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆櫛木 理宇
1972年新潟県生まれ。
大学卒業後、アパレルメーカー、建設会社などの勤務を経て、執筆活動を開始する。

作品 「ホーンテッド・キャンパス」「赤と白」「侵蝕 壊される家族の記録」「209号室には知らない子供がいる」「死刑にいたる病」「死んでもいい」他多数

関連記事

『疫病神』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『疫病神』黒川博行 新潮社 1997年3月15日発行 黒川博行の代表的な長編が並ぶ「疫病神シリー

記事を読む

『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し

記事を読む

『荒地の家族』(佐藤厚志)_書評という名の読書感想文

『荒地の家族』佐藤 厚志 新潮社 2023年1月20日 発行 あの災厄から十年余り、男はその

記事を読む

『エリザベスの友達』(村田喜代子)_書評という名の読書感想文

『エリザベスの友達』村田 喜代子 新潮文庫 2021年9月1日発行 あの頃、私たち

記事を読む

『某』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『某』川上 弘美 幻冬舎文庫 2021年8月5日初版 「あたしは、突然この世にあら

記事を読む

『あひる』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『あひる』今村 夏子 書肆侃侃房 2016年11月21日第一刷 あひるを飼うことになった家族と学校

記事を読む

『いけない』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『いけない』道尾 秀介 文春文庫 2022年8月10日第1刷 ★ラスト1ページです

記事を読む

『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文

『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷 この本を読んで、

記事を読む

『歩いても 歩いても』(是枝裕和)_書評という名の読書感想文

『歩いても 歩いても』是枝 裕和 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 今日は15年前に亡くなった

記事を読む

『ひとでちゃんに殺される』(片岡翔)_書評という名の読書感想文 

『ひとでちゃんに殺される』片岡 翔 新潮文庫 2021年2月1日発行 表紙の絵とタイ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『黒 石 (ヘイシ) 新宿鮫12』大沢 在昌 光文社文庫 2026年

『母という呪縛 娘という牢獄』(齊藤彩)_書評という名の読書感想文

『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤 彩 講談社文庫 2026年3月1

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『令和元年の人生ゲーム』麻布競馬場 文春文庫 2026年3月10日

『14歳までの犯罪』(畑野智美)_書評という名の読書感想文

『14歳までの犯罪』畑野 智美 角川文庫 2026年2月25日 初版

『熟柿』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『熟柿』佐藤 正午 角川書店 2026年2月10日 9版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑