『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『本性』(黒木渚), 作家別(か行), 書評(は行), 黒木渚

『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷

異常度 ★★★★★ 
孤高のミュージシャンにして小説家、黒木渚ワールド全開の短編集! 震えろ、この才能に。

「あなた、一年後に死ぬわよ」。嘘っぱちの予言から二年。全てを吹っ切って “普通” から飛び出したサイコは、地蔵と結婚したエリと奇妙な同居生活を送っている。ある晩二人は、浮気したという地蔵に別れを告げるべく中目黒の道端に返しに行くが - (「超不自然主義」) 人間の内なる歪さに、華麗に切り込む短編集。(講談社文庫)

目次
・超不自然主義
・東京回遊
・ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら

あなた、一年後に死ぬわよ
ぶくぶくに太った中年の占い女に言われてから二年。
生き残った私はあの時よりも断然生きている。断然生きているし、スーパー健全な精神でもって楽しくやっている。

エリちゃんは私より多分七歳くらい年上だけど、童顔でかわいい顔をしていると思う。三十代には全然見えないし、色が白くて処女みたいな清潔感がある。私が帰ると、夕食を作ってくれている時もあって、何かとよくしてくれる。

でも、何ていうか、エリちゃんはひどくこじらせている。どうしようもないことを、ミキサー車みたいにお腹の中で撹拌し続けるタイプで、私はその面倒くささに付き合う代わりに、3LDKのエリちゃんちの一間に居候させてもらっているのだ。

「・・・・・・・サイコ、私決めたよ」
「何を? 」
「別れることにした」
エリちゃんの目に再び涙がこみあげる。みるみるうちに涙の粒が膨らんで、目の縁からこぼれ落ちた。
「別れるって、旦那さんとってこと? 」
「それ以外に誰と別れるのよ」

「そっか。それは分った・・・・・・・けど」
正直、いまいち状況が分かっていなかった。

私はつい今しがた帰宅したばかりだし、まだ腰も下ろさないうちにそんなことをいわれてもね。それに一番不可解なのは、エリちゃんと旦那さんが離婚するとして、そもそも二人は正式に結婚などしていない、ということだ。だって、エリちゃんの旦那さんは地蔵なのだ。中目黒の一角に祀ってあった石の地蔵。(本文より抜粋)

「何で別れんの? 」 とサイコが訊くと、エリちゃんは 「浮気・・・・・・・だと思う」 と、赤くテカった鼻をティッシュで何度もこすりながら息を整え、そう答えたのでした。

えっ!? なに? それって・・・・・・・どゆこと???

笑ってはいけません。石の地蔵がどうかはともかくも、エリちゃんにとっては正真正銘の一大事 - 彼女は 「対物性愛」 という性向の持ち主で、無機質なモノしか愛することができません。人とは交わらず、三十代になった今もエリちゃんは純然たる処女なのでした。

※人間の “本性” に関わる短編が三作品。人の内なる歪さは、内なる故に、遠くからではわかりません。身近にいて、本気に付き合ってみて、初めて気付くことになります。そう思うと、多くの場合、私たちは一体どこの “誰と” 付き合っているのでしょう? そんなことを考えました。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆黒木 渚
1986年宮城県日向市生まれ。
福岡教育大学卒業。シンガーソングライター・小説家。

大学時代に作詞作曲を始め、ライブ活動を開始。また、文学の研究にも没頭し、大学院まで進む。2012年、「あたしの心臓あげる」 でデビュー。14年、ソロ活動を開始。17年、アルバム 「自由律」 限定盤Aの付録として書き下ろされた小説 「壁の鹿」 を、初の単行本 「本性」(本書) と同時に刊行し、小説家としての活動も始める。他に 「鉄塔おじさん」「呼吸する町」「檸檬の棘」 などがある。

関連記事

『だれかのいとしいひと』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『だれかのいとしいひと』角田 光代 文春文庫 2004年5月10日第一刷 角田光代のことは、好きに

記事を読む

『毒島刑事最後の事件』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『毒島刑事最後の事件』中山 七里 幻冬舎文庫 2022年10月10日初版発行 大人

記事を読む

『月の砂漠をさばさばと』(北村薫)_書評という名の読書感想文

『月の砂漠をさばさばと』北村 薫 新潮文庫 2002年7月1日発行 9歳のさきちゃんと作家のお

記事を読む

『廃墟の白墨』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『廃墟の白墨』遠田 潤子 光文社文庫 2022年3月20日初版 今夜 「王国」 に

記事を読む

『放課後の音符(キイノート)』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『放課後の音符(キイノート)』山田 詠美 新潮文庫 1995年3月1日第一刷 【大人でも子供で

記事を読む

『水やりはいつも深夜だけど』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『水やりはいつも深夜だけど』窪 美澄 角川文庫 2017年5月25日初版 セレブマ

記事を読む

『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 生まれなかった子が、新たな命

記事を読む

『諦めない女』(桂望実)_書評という名の読書感想文

『諦めない女』桂 望実 光文社文庫 2020年10月20日初版 失踪した六歳の少女

記事を読む

『花や咲く咲く』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『花や咲く咲く』あさの あつこ 実業之日本社文庫 2016年10月15日初版 昭和18年、初夏。小

記事を読む

『薄情』(絲山秋子)_書評という名の読書感想文

『薄情』絲山 秋子 河出文庫 2018年7月20日初版 地方都市に暮らす宇田川静生は、他者への深入

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑