『深い河/ディープ・リバー 新装版』(遠藤周作)_書評という名の読書感想文

『深い河/ディープ・リバー 新装版』遠藤 周作 講談社文庫 2021年5月14日第1刷

喪失感をそれぞれに抱え、インドへの旅をともにする人々。生と死、善と悪が共存する混沌とした世界で、生きるもののすべてを受け止め包み込み、母なる河ガンジスは流れていく。本当の愛。それぞれの信じる神。生きること、生かされていることの意味。読む者の心に深く問いかける、第35回毎日芸術賞受賞作。(講談社文庫)

この小説は平成5年 (1993年)、遠藤周作70歳の作品です。闘病中の著者が渾身の力を絞って書き上げた、死生観、宗教観に問いかける名著と呼ばれています。

この作品に登場する人びとは、それぞれの人生に刻み込まれている痕跡を背負って、そこに痕跡を残したものを探すために日本から印度のガンジス河までの旅に出かける。磯辺は、「人生の同伴者」 であった妻が残した言葉を忘れることができず、印度のある少女が日本人から転生したという手紙を読んで、その少女を探しにいく。息を引きとる間際に、妻は声を振り絞りながら磯辺に言ったのである。「わたくし・・・・・・・必ず・・・・・・・生まれかわるから、この世界の何処かに。探して・・・・・・・わたくしを見つけて・・・・・・・約束よ、約束よ」

木口は、戦争中密林で悲惨に死んだ戦友や敵軍の冥福を祈る法要をいとなむために印度に行く。童話作家の沼田は、印度の野鳥保護地区に行く。彼は、肺を患い長い間入院した。その彼のために、妻はどこかで九官鳥を買ってきて病室においてくれた。誰もいない夜の病室で、沼田はその鳥を相手に自分の苦しみや悩みを打ち明けたこともある。執刀医さえためらうほどの大手術が運よく成功したその日、その九官鳥は死んだ。まるで自分の代わりに死んだようで、心が痛む。

そして、成瀬美津子がいる。彼女は、大学時代に自分が愚弄してから棄てた、大津という名の男のことを憶えている。彼は今カトリック教会の司祭となって印度にいるらしい。行きずりに過ぎなかったあのバカバカしい男が、なぜか心に残っていた。美津子は、フランスに新婚旅行をしたときも、なぜか彼のもとを訪れた。リヨンの修道院で会った彼の口から出てくる 「神」 という言葉を嫌がる美津子に、大津は笑いながら言う。「その言葉が嫌なら、他の名に変えてもいいんです。トマトでもいい、玉ねぎでもいい」 (解説より)

遠藤周作が終生問い続けた小説の主題とは、「日本の精神的風土と西洋のキリスト教の間の “距離感” を如何に扱うべきか」 ということでした。彼は幼い頃に洗礼を受け、否応なく 「キリスト教」 と対峙することになります。それが彼の運命でした。

大津は印度に行き、社会から棄てられガンジス河沿いで死を待つ人々のために働く。しかも、ヒンドゥー教徒のような服装をして。やがて彼に会った美津子が不思議そうに訊く。なぜキリスト教徒のあなたがここでこのようなことをしているのか、と。大津は答えた。玉ねぎがこの町に寄られたら、彼こそ行き倒れを背中に背負って火葬場に行かれたと思うんです。ちょうど生きている時、彼が十字架を背にのせて運んだように。大津の顔には吹出のようなものもできていた。かつて聖フランチェスコの体に現れたというキリストの聖痕のように。大津が追いかけてきた 玉ねぎが、いつの間にか彼の体に痕跡としてあらわれたのであろう。(金承哲/同上解説より)

※もしも・・・・・・・、もしも私が、例えば天草地方の小さな島の生まれだったとしたら。近くに教会があり、周囲の多くが信者の家で、休みの日には決まって家族総出で礼拝に行くような環境であったとしたら - どうでしょう? 私は大津のような信仰を持つことができたでしょうか。詮無いことではありますが、そんなことを考えました。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆遠藤 周作
1923年東京生まれ。96年、病没。
慶應義塾大学仏文科卒業。

作品 「白い人」「海と毒薬」「沈黙」「イエスの生涯」「侍」「スキャンダル」他多数

関連記事

『スペードの3』(朝井リョウ)_書評という名の読書感想文

『スペードの3』朝井 リョウ 講談社文庫 2017年4月14日第一刷 有名劇団のかつてのスター〈つ

記事を読む

『死体でも愛してる』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『死体でも愛してる』大石 圭 角川ホラー文庫 2020年8月25日初版 台所に立っ

記事を読む

『ハラサキ』(野城亮)_書評という名の読書感想文

『ハラサキ』野城 亮 角川ホラー文庫 2017年10月25日初版 第24回日本ホラー小説大賞読者

記事を読む

『ボラード病』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ボラード病』吉村 萬壱 文春文庫 2017年2月10日第一刷 B県海塚市は、過去の災厄から蘇りつ

記事を読む

『くらやみガールズトーク』(朱野帰子)_書評という名の読書感想文

『くらやみガールズトーク』朱野 帰子 角川文庫 2022年2月25日初版 「わたし

記事を読む

『ファイナルガール』(藤野可織)_書評という名の読書感想文

『ファイナルガール』藤野 可織 角川文庫 2017年1月25日初版 どこで見初められたのか、私には

記事を読む

『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女

『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行 木嶋佳苗事件から8年

記事を読む

『僕の神様』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『僕の神様』芦沢 央 角川文庫 2024年2月25日 初版発行 あなたは後悔するかもしれない

記事を読む

『ホテル・アイリス』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ホテル・アイリス』小川 洋子 幻冬舎文庫 1998年8月25日初版 これは小川洋子が書いた、ま

記事を読む

『かか』(宇佐見りん)_書評という名の読書感想文

『かか』宇佐見 りん 河出書房新社 2019年11月30日初版 19歳の浪人生うー

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑