『カインは言わなかった』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『カインは言わなかった』芦沢 央 文春文庫 2022年8月10日第1刷

男の名は、カイン。
旧約聖書において、人類最初の殺人者 として描かれる男 - 。嫉妬、野心、罠 - 誰も予想できない衝撃の結末。

藤谷 誠   新作公演 「カイン」 に全身全霊を傾けるが、初日直前に失踪。
藤谷 豪   誠の弟。美しい容姿を持つ画家。「カイン」 の舞台美術を担当する。
誉田 規一 HHカンパニー主宰。”世界のホンダ” の異名を持つ。
尾上 和馬 誠のルームメイト。代役として主役カインに抜擢される。

「世界の誉田」 と崇められるカリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。その新作公演直前に、主役の藤谷誠が姿を消した。すべてを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男に一体何が? 誠には、美しい画家の弟・豪がいた。芸術の神に魅入られた人間と、なぶられ続けてきた魂の叫び。哀しき業に迫る慟哭ミステリー。(文春文庫)

(最終的な) 謎は解けるのですが、それとは別に、”人ならざる” 気配が残ります。主たる登場人物たちは、「人」 と 「神」 の間を行き来するような。多くを語らず、語らないままに、物語は幕を閉じます。

題材となっているのは、(おそらく一般的には馴染みが薄いであろう) バレエやダンスです。最初、取っ付き難いかもしれません。しかし、そこは大丈夫。(解説で) 角田光代氏は、以下のように述べています。

クラシック・バレエにもコンテンポラリー・ダンスにもまったく縁のない私には、バレエ用語もテクニックの名称もまったくわからず、その動きを思い浮かべることもできないのだが、この小説はそんなことはいっさい感じさせず、読者にその踊りの激しさや静けさやうつくしさをありありと感じさせながら進む。そうさせる理由のひとつは、小説の冒頭からまったく途切れることなく貫かれている、緊迫感のせいだろう。

主役を演じるはずの誠が音信不通になった。とはいえ何日も連絡がつかないわけではない。前の晩にメールを送ってきたきり、恋人のあゆ子が電話をかけなおしても出ない。それだけのことなのに、読み手はすでにざわざわとした不穏な緊迫感のなかに放り投げられ、緊迫感に幾度も叫び出しそうになりながらも、読みやめることができずに、何が狂っているのかわからない世界へと一気に進まざるを得なくなる。

だから、この小説をあえて分類するならば、牽引力の非常に強いミステリーといえるのだけれど、でも本作のいちばんの凄みは、たんなる謎解きを超えた - もっといってしまうならば、謎そのものがどうでもよくなるくらいの、物語の重厚さ、含有するテーマの複雑性にあるように思う。

そして、結論。

この小説そのものが、底の知れない沼のようだ。読みはじめたら、逃げられずに沈んでいく 恐怖を快楽にかえて、読み耽るしかない。- 角田光代 (解説より)

主たる登場人物は上記の4人ですが、4人に絡む人物が何人も登場し、それぞれが、それぞれ内に抱えた苦悩を語ります。あるいは、敢えてそれを語りません。中で特別異質な存在が、誉田規一であるわけです。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆芦沢 央
1984年東京都生まれ。
千葉大学文学部史学科卒業。

作品 「罪の余白」「今だけのあの子」「許されようとは思いません」「いつかの人質」「悪いものが、来ませんように」「火のないところに煙は」「貘の耳たぶ」他

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