『いちご同盟』(三田誠広)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『いちご同盟』(三田誠広), 三田誠広, 作家別(ま行), 書評(あ行)

『いちご同盟』三田 誠広 集英社文庫 1991年10月25日第一刷

もう三田誠広という名前を知らない人も、たくさんいるんだろうなと思います。最近めっきり書店で見かけなくなりましたし、正直忘れてもいました。たまたま集英社文庫のフェアーで見つけて、懐かしさのあまり思わず買ってしまいました。

私くらいの年齢の方の中には、若かりし頃に読んだ小説の中で最も感銘を受けたものは何かと訊かれて、この小説を挙げる人が少なからずいるはずです。それほどに純粋、穢れのない友情と恋愛、そして人が生きることの意味が叙情豊かに綴られた名作です。

ご同輩のみなさんは、あの時代を懐かしみながら、ぜひ今一度ページを捲ってみて下さい。何も知らない若い諸君は、まあ騙されたとでも思って読んでみてください。感動して、きっと泣いてしまうと思います。そして、薦めた私を褒めてくれるに違いありません。
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主な登場人物は、中学3年生の北沢良一と羽根木徹也という少年。そして、同じ15歳の上原直美という少女の3人です。もちろん直美も中学3年生ではあるのですが、彼女は学校に通うことができません。直美は、重い腫瘍を抱えて入院しています。

徹也は、野球部のエースで4番。学校では有名人、女子には絶大な人気があります。すでにいくつもの高校から入学の誘いを受けており、受験とは無縁の毎日を送っています。彼の目標はプロ野球選手になること、そのために高校へ行き、大学へ行こうと思っています。

徹也と直美は、生まれたばかりの頃からの幼なじみです。子ども心に、2人は将来を誓った仲です。学校での徹也は、周りを取り囲む女生徒に調子を合わせ、同級生や野球部の仲間とも親し気に過ごしています。入院している直美とのことは、誰も知りません。

良一には、友達と呼べる人間がいません。彼がいつも考えているのは、小学5年生で自殺した1人の少年のことです。良一は、少年が暮らしていた団地に何度も足を運びます。少年が飛び下りた非常階段の手すりに身を寄せて、はるか地上を見下ろしています。

遺書めいたフェルトペン書きの文字があったという踊り場の壁や、踏み台にした消火器ボックスをじっと見つめます。地上よりもはるかに強い風が頬を打ちます。なだらかな丘の向こうには、丹沢の山並みが青く霞んでいます。死ぬ前に、少年はこんな言葉を遺します。

むりをして生きていても  どうせみんな  死んでしまうんだ
ばかやろう

良一の母親はピアノ教室を開いており、良一もまたピアノを習っています。しかし、彼が習っているのは母親ではなく、別の先生。何よりもテンポの正確さを求める母親の教え方が、彼は気に食わないのです。母親の生徒の演奏が、良一にはどれも同じに聞こえます。

「明日の試合をビデオで撮ってくれないか」と徹也が頼みに来たのは、ビデオカメラが音楽室にあり、カメラの使い方を良一が知っていたからです。「ただの試合じゃないんだ。こいつには、人の命がかかっている」徹也は、熱意を込めてそう言います。

徹也が試合で活躍する姿をビデオに収め、良一は徹也と一緒に入院中の少女を訪ねます。この少女が直美で、その日から、良一、徹也、直美、3人の交流が始まります。
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ベッドの直美は、大きな目でこちらを見ています。好奇心に満ちた様子で、良一の顔を眺めまわしています。病気のせいか、顔や首筋の肌の色が透き通るほど白く、物怖じしない態度やいきいきとした目の輝きが、良一にはどこか徹也に似ている気がします。

良一は最初、直美と徹也は兄妹だと思います。もう少し正確に言うと、直美が徹也の妹であってくれと祈るような気持ちでいたのです。しかし、それにしてはいぶかしいほどなれなれしいのです。妙な親しさが、2人の視線には感じられるのです。

徹也と直美の間にある親密な空気。その確かな空気を間近に感じながらも、直美に強く惹かれていく良一ですが、徹也の手前、直美に自分の気持ちを素直に伝えることができません。良一は、徹也も好きなのです。徹也を裏切るようなことはできません。

徹也から直美がまた手術を受けると聞かされたのは、彼女の誕生日の記念にと、良一が病院でピアノの演奏をしてからしばらく経った日のことです。検査のための手術で、大したものではないと言います。しかし、検査が必要だということは、疑いがあるということでもあるのです。

左腋のリンパ腺に腫れがあり、検査してみないと分からないと言います。検査次第では、もっと大がかりな手術になるだろうと言います。良一は、直美の病名についてはっきりしたことは聞いていません。しかし、直美はすでに片足を切断しています。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆三田 誠広
1948年大阪府大阪市生まれ。
早稲田大学第一文学部演劇専修。現在、武蔵野大学教授。

作品 「僕って何」「Mの世界」「都の西北」「地に火を放つ/双児のトマスによる第五の福音」「空海」「日蓮」「日本仏教は謎だらけ」他多数

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