『あなたの本/Your Story 新装版』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『あなたの本/Your Story 新装版』誉田 哲也 中公文庫 2022年8月25日改版発行

これは神の悪戯か、それとも - 一冊の本が翻弄する人間の運命

父の書斎で見つけた奇妙な本。『あなたの本』 と題されたそれを開くと、自分の誕生から現在までが、なに一つ違わず記されていた。このまま読み進めれば、未来までもわかってしまうのか。先のページをめくるか否か、悩みぬいた男の決断は - 。人気作家の多彩な作風を堪能できる七つの物語に加え、あらたに五つの掌篇を収録。(中公文庫)

中で私が面白いと感じたものを二つ三つ (解説より) 紹介したいと思います。

第1話 「帰省
アパートの玄関で眠りこけていた幹子は、姉の鳴らすチャイムの音で目を覚ます。今日は姉妹で田舎へ帰省する予定だった。認知症の兆しが出てきた祖母の様子をうかがうためだ。

ヒロという暴力的な元恋人から逃れ、幹子はひと月前にここへ越してきた。しかし前日の夜、ついに彼に居場所を突き止められてしまう。暴行を受けそうになった幹子は必死で抵抗し、河川敷の土手からヒロを突き落としたのだったが・・・・・・・。

帰省する姉妹の道行に、幹子の苦い回想を交えながら物語は進む。サスペンスとしての緊張感がじわじわと高まり、やがて恐ろしい事実が浮かび上がる。予想外のラストが、著者が伝奇小説でデビューしたことを思い起こさせる一篇。

第4話 「あなたの本
主人公は父親の書棚で奇妙な本を見つける。タイトルは 「あなたの本」。著者名も版元表記もない。書かれていたのはなんと、自分のこれまでの人生の歩み。そして、ページを捲ると、どうやらこれから先の歩みも記されている。

本作を読んで、我が身に置き換えてみない人はいないだろう。先を読むのか、読まずに本を閉じるのか。仮に読むとして、書かれているのが悲惨な未来だったら、あるいは、平穏だけど退屈な未来だったら。人生というわたしの物語は、果たして書き換え加能なのか。

結末をどう捉えるのかは、人それぞれだろう。読み手を安全圏から引き離す、なんとも恐ろしい一篇。

第7話 「交番勤務の宇宙人
あの国民的特撮テレビ番組をモチーフにした、遊び心満点のパロディ作品。

地球の日本という国の人々は 「光の星」 を正しく理解している - 。そう信じて、素行不良宇宙人を取り締まるべく日本に赴任してきた諸星は、人気なのはフィクション上のヒーローにすぎないことを先輩の早田から教えられる。出端をくじかれ、交番勤務に回された諸星だったが、ある日、珍事件に遭遇する。

あの人気シリーズのあの刑事の名前がちらっと出てきたり、熱心な読者の心をくすぐる仕掛けも。楽しそうな書き手の顔が浮かぶこの感じも、誉田作品の魅力の一つだ。

と、戦慄したり、驚いたり、じーんときたり、思わず吹き出したり、なんともにぎやかな読書の時間。本書にはさらに、掌篇五篇が追加収録されている。

※時節柄 (読んだのは年明け早々でした) 短篇の “福袋” といったところでしょうか。ひとつ読んで、「ああこれはこの手の話なんだ」 と、わかったつもりになってはいけません。

こんなのをどこから思いつくのだろう。頭の中を一度覗いてみたい・・・・・・・そんな変幻自在な話が七つとおまけにもう五つ、収められています。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆誉田 哲也
1969年東京都生まれ。
学習院大学経済学部経営学科卒業。

作品 「妖の華」「アクセス」「ストロベリーナイト」「ハング」「あなたが愛した記憶」「背中の蜘蛛」「主よ、永遠の休息を」「レイジ」他多数

関連記事

『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』(日向奈くらら)_書評という名の読書感想文

『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』日向奈 くらら 角川ホラー文庫 2017年11月25

記事を読む

『ある行旅死亡人の物語』(共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣)_書評という名の読書感想文

『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣 毎日新聞出版 2024年1月15日

記事を読む

『ひゃくはち』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『ひゃくはち』早見 和真 集英社文庫 2011年6月30日第一刷 地方への転勤辞令が出た青野雅人は

記事を読む

『I’m sorry,mama.』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『I'm sorry,mama.』桐野 夏生 集英社 2004年11月30日第一刷 桐野夏生

記事を読む

『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り

記事を読む

『五つ数えれば三日月が』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『五つ数えれば三日月が』李 琴峰 文藝春秋 2019年7月30日第1刷 日本で働く

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)_書評という名の読書感想文

『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司 薫 中公文庫 1995年11月18日初版 女の子にもマケズ、ゲバル

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 大阪府豊中市で

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑