『Iの悲劇』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/09
『Iの悲劇』(米澤穂信), 作家別(や行), 書評(あ行), 米澤穂信
『Iの悲劇』米澤 穂信 文藝春秋 2019年9月25日第1刷
序章 Iの悲劇
吐く息も凍りそうに冷え込んだ明け方、数えで百歳の女性が息を引き取った。
大きな病気はなく、前日まで隣人に嫁の不人情を訴えていた。その嫁が朝の空気を入れようと訪れた寝室の、数十年使い続けた布団の中で亡くなっていた。
通夜も葬儀もすべて滞りなく手配された。一番若い参列者が五十九歳で、誰もが法事には慣れきっていた。前夜から降り続いた雪のせいで霊柩車の到着が遅れたのが、ただ一つ予定にないことだった。
ありふれた、問題のない死だ。しかし後から振り返って、住人たちは誰もが、あの死がきっかけだったのだと口を揃えた。
女性は山あいの小さな集落、蓑石 (みのいし) に、生まれてから死ぬまで住んでいた。毎年着実に平均年齢が上がっていく一帯にあって、蓑石は一足先に息絶えようとしていた。曲がりくねった峠道を抜けて辿り着く二十軒ほどの集落で、ひとが住んでいる家はすでに半数に満たなかった。
葬儀から一週間後、故人とは結局最後まで打ち解けることのなかった嫁が、ひっそりと蓑石を去った。故人とは尋常小学校の級友だった男性が、つられるように急逝した。別の一人は街に住む息子夫婦の招きにようやく応じて家を引き払い、また別の一人は台所の上がり框につまずいて足の骨を折り、二時間かけて雪をかきわけ辿り着いた救急車に運ばれていき、寝たきりになった。
春の風が吹き、雪が溶けて寒さが緩むと、最後の夫婦が蓑石を離れた。二人ながらに住み慣れた我が家の畳の上で死ぬのだと言い張っていたが、隣近所にひとけがない寂しさに抗しかねたのだ。それで、残る住人は男性一人だけになった。彼は八十一歳で身寄りがなかった。
役場からのお知らせを配っていた郵便配達員が、その蓑石最後の住人が自宅の玄関で倒れているのを見つけた。足元には達筆で、「誠にご迷惑ながら生きる甲斐もないので死にます」 と書かれた紙が落ちていて、横柱からは切れたロープがぶら下がっていた。最後の住人は首を吊るつもりで失敗し、もう一度死ぬつもりにもなれなかったので街に移って養老院に入り、得意の歌謡曲でカラオケの人気者になった。
そして誰もいなくなった。(P4.5/本文のまま)
- 結局のところ、彼らがした努力は一体何だったのか? 徒労の果てに成し得た結果は、彼らにどんな感慨を齎したのだろう。誰ひとり報われない。悲し過ぎる顛末は、もう笑うしかない - のでしょうか。
一度死んだ村に、人を呼び戻す。それが 「甦り課」 の使命だ。市長肝いりのIターンプロジェクト。
公務員たちが向き合ったのは、一癖ある 「移住者」 たちと、彼らの間で次々と発生する 「謎」 だった。人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香 (かんざん・ゆか)。
出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和 (まんがんじ・くにかず)。
とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣 (にしの・ひでつぐ)。
日々舞い込んでくる移住者たちのトラブルを、最終的に解決するのはいつも -徐々に明らかになる、限界集落の 「現実」!
そして静かに待ち受ける 「衝撃」。
これこそ、本当に読みたかった連作短篇集だ。(文藝春秋)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆米澤 穂信
1978年岐阜県生まれ。
金沢大学文学部卒業。
作品「折れた竜骨」「心あたりのある者は」「氷菓」「インシテミル」「追想五断章」「ふたりの距離の概算」「満願」「王とサーカス」「本と鍵の季節」他多数
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