『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『殺人者』(望月諒子), 作家別(ま行), 書評(さ行), 望月諒子

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

連続する猟奇殺人、殺害されたのは・・・・・・・ サスペンス史上に永遠に刻印される衝撃の結末! ベストセラー蟻の棲み家を超える戦慄!!

大阪で相次いだ猟奇殺人。被害者はいずれも男性で、ホテルで血まみれになり死んでいた。フリーのルポライター木部美智子は、警察に先んじて 「謎の女」 の存在に気がつく。綿密な取材を続け女の自宅へと迫る美智子。だが、そこでは信じられない光景が待ち受けていた。そして、さらなる殺人が発生し・・・・・・・事件の背景に隠された衝撃の真実とは!? 承認欲求、毒親、嫉妬など心の闇を描く傑作長編。(新潮文庫)

一見、味も素っ気も工夫もないタイトルに、実は、著者が敢えてそうした理由があります。その意図を汲み取って下さい。これまで 『蟻の棲み家』 『腐葉土』 『神の手』 と読みましたが、これが一番、まぎれもない傑作だと思います。

事件は猟奇的なものだった。大阪市内のホテルで三十二歳の男が全裸で部屋の便器に縛りつけられて殺されるという事件が起こった。続けて、やはり大阪のホテルで、これも三十二歳の男が素っ裸でぐるぐる巻きにされ、部屋の浴槽の中で殺されていた。二人はいずれも、性器を切り取られていた。この二人は同じ高校に通っていた。

我らが主人公のフリージャーナリスト、木部美智子はこの事件の取材依頼を週刊誌の編集長から受ける。そして、神戸へ向かう。彼女は事件に関係するさまざまな人間の話を聴く。事件関係者の周辺にいた人々は当然だが、地元の新聞記者から事情を聴くこともあれば、ライター仲間に情報を教えてもらうこともある。そんなふうにして少しずつ事件の核心に迫っていく。

望月諒子の筆はじっくりと物語を動かしていく。文章は読みやすくさっぱりしているのに、描写は丹念で粘り強い。それがいい。読者もゆっくりと事件と付き合うことになる。その間に、木部と共にさまざまなことを考えるのだ。

冒頭近くで、木部は小説を書こうと試みたことが明らかにされている。取材を続けて、早くも四十歳になった自分。そんな自分の心の空虚を埋めるには、もっと求心的に文章を書くしかないのではないか。自分の外から与えられる事件ではなく、自分が紡ぐ物語で、世界をとらえてみたい。そんな思いが彼女を小説に向かわせたのだろう。

しかし、結果は無惨だった。いくら小説を書こうとしても、空洞が広がる自分の内側からは、物語は生まれてこない。それで、今回の事件の取材をするために神戸へ向かったのだった。
ただ、ここで見逃せないのは、その空虚な心が木部を有能なジャーナリストにしていることだ。木部の獰猛なまでに事件に迫る姿は、この空虚な心がつくりだしているのではないだろうか。心の中の渇きが、旺盛な取材と深い推理の背景にあるのではないか。彼女はいわば捨て身で事件と向かい合っているのだ。
(解説より/重里徹也・元新聞記者・現文芸評論家)

今さらなのですが、「木部美智子」 というキャラクターに出合えたことを、心から感謝したいと思います。有能なライターである前に、彼女は人として信用できます。人を、安易には値踏みしません。その 「旺盛な取材と深い推理」 のもとに 「獰猛なまでに事件に迫る姿」 に、きっと魅了されるはずです。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆望月 諒子
1959年愛媛県生まれ。兵庫県神戸市在住。
銀行勤務を経て、学習塾を経営。

作品 「神の手」「腐葉土」「大絵画展」「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」「ソマリアの海賊」「哄う北斎」「蟻の棲み家」他多数

関連記事

『さよなら、ニルヴァーナ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『さよなら、ニルヴァーナ』窪 美澄 文春文庫 2018年5月10日第一刷 14歳の時に女児を殺害し

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無

記事を読む

『地面師たち』(新庄耕)_書評という名の読書感想文

『地面師たち』新庄 耕 集英社文庫 2022年2月14日第2刷 そこに土地があるか

記事を読む

『実験』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『実験』田中 慎弥 新潮文庫 2013年2月1日発行 最近、好んで(という言い方が適切かどう

記事を読む

『花の鎖』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『花の鎖』湊 かなえ 文春文庫 2018年8月1日19刷 両親を亡くし仕事も失った矢先に祖母がガン

記事を読む

『錠剤F』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『錠剤F』井上 荒野 集英社 2024年1月15日 第1刷発行 ひとは、「独り」 から逃れら

記事を読む

『あの日、君は何をした』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『あの日、君は何をした』まさき としか 小学館文庫 2020年7月12日初版 北関

記事を読む

『ユートピア』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『ユートピア』湊 かなえ 集英社文庫 2018年6月30日第一刷 第29回 山本周五郎賞受賞作

記事を読む

『カンガルー日和』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『カンガルー日和』村上 春樹 平凡社 1983年9月9日初版 村上春樹が好きである。 私が持っ

記事を読む

『走れ! タカハシ』(村上龍)_書評という名の読書感想文

『走れ! タカハシ』村上龍 講談社 1986年5月20日第一刷 あとがきに本人も書いているの

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『時穴みみか』(藤野千夜)_書評という名の読書感想文

『時穴みみか』藤野 千夜 双葉文庫 2024年3月16日 第1刷発行

『作家刑事毒島の嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島の嘲笑』中山 七里 幻冬舎文庫 2024年9月5日 初

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑