『田舎の紳士服店のモデルの妻』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『田舎の紳士服店のモデルの妻』宮下 奈都 文春文庫 2013年6月10日第一刷

東京から夫の故郷に移り住むことになった梨々子。田舎行きに途惑い、夫とすれ違い、恋に胸を騒がせ、変ってゆく子供たちの成長に驚き - 30歳から40歳、「何者でもない」等身大の女性の10年間を2年刻みの定点観測のように丁寧に描き出す。じんわりと胸にしみてゆく、いとおしい「普通の私」の物語。(文春文庫より)

なぜ私は女性作家が書く小説を好んで読むのだろうか -(他の人にはまるでどうでもよいことではありますが)今更ながらにつらつら考えるに、

およそ男性には気付かない、あるいは気付いていたとしても知らぬふりを通して、さも最初から無かったことのようにしている微かなことのそれぞれを、ひとつひとつ丁寧に取り出してきては事細かに解説してみせる手際を見るのがいいのだと思います。

少なくとも、(男性には)女性作家が書くようにして自分のことは書けないのではないでしょうか。ありのままを曝け出すのを善しとせず、どう思われるかと考えると気が気ではない - 皆がそうだとは言いませんが、多くはそんなことであるように思われます。

ですから、突出して違う人の話ならいいのですが中途半端に自分を語っているような場合には一気に読む気が失せます。本当にそうなの、本心からそんなふうに思ってるんですかとつい突っ込みたくもなるわけで、要は男の方が恥ずかしがり屋で小心だということです。

とうに正体はバレているのに、最後の最後まで意地を張り通して譲らない。すべからく見栄を取り払って素の自分を晒してみせる - 悲しいかな、男は中々にそれが出来ないのです。なので、余程でないと男が書いた男の話(自分についての話)はつまらないのです。

その点女性の方がはるかに肝が据わっていると言いますか、度胸があって物怖じするところがありません。自分のことはもとより、例えばご近所さんや会えば親し気に話すママ友などであったとしても、

もとへ。- かつてあれだけ憧れて結婚に至った夫や、夫との間にできた息子たちに対してでさえ(あくまでも小説の中ではということですが)、時と場合によってははっとするような言葉を浴びせます。心の中で吐く憤りや不平には容赦がありません。

あれほど「イイ男」「デキる男」だったはずの夫が鬱になり、会社を辞め、生まれ故郷の田舎町へ帰ろうと言うに及んで、最初梨々子は「本気で」冗談かと思います。(但し、あまり面白い冗談とは言えないにしても)

夫の達郎が「会社、辞めてもいいかな」と言ったとき、「辞めてどうするの? 」と梨々子は聞いたのです。そう聞いたのは、時の梨々子の偽らざる、素直な疑問といえば疑問であったわけで、

ところが、後々になって達郎はこのときのことを持ち出して、さびしかったと呟きます。繰り返しさびしかったんだよと言う訳をよくよく聞いてみると、どうするのではなく、どうしたのと聞いてほしかったのだと言うのです。

どうしたの、何かあったの、なんでも話してちょうだい。そんなふうにやさしく問い質してもらいたかったらしいのです。

爽やかで健やかで賢くて、たとえ仕事で問題を抱えたとしてもきちんと自分で解決できる男のはずだった - 少なくとも梨々子はそう信じ込んでいたのです。信じていたかったのです。

何があって達郎が鬱になり、会社を辞めることになったのかは多くを語られない内に、家族は北陸にある達郎の故郷へ移り住むことになります。

東京生まれで、東京しか知らずに育った梨々子には「田舎」に対してあるイメージがあります - 田んぼがあって、澄んだ小川が流れ、空が広くて、遠くに山が見えて。田舎と聞いて梨々子の頭に浮かぶのはのどかな田園風景で、せいぜいそんなところだろうかと梨々子は考えていたのです。

ところが、達郎の田舎は北陸の一番目立たない県の県庁所在地にあり、山里でもなければ、海辺の漁村でもありません。梨々子の中の田舎のイメージとはまるで合致しません。がらんとした町は背丈が低くて、店も車も人も少ない様子です。

ファミリーレストランやファストフードのチェーン店はあるのですが、何か特別な「売り」があるかといえば、まるで何もないのです。全国どこにでもありそうな、とりたてて特徴のない、平凡でおもしろみのない町であるのに、梨々子はしばし愕然とするのでした。
・・・・・・・・・・
さて、ここからが私の言わんとする女性のパワーの計り知れなさと、その軌跡を克明にして現実そのもののように描いているのがこの本なのです。働けない夫と二人の幼子を抱えて見ず知らずの土地へ移り住んだ梨々子の、その後の顛末をとくとご覧ください。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆宮下 奈都
1967年福井県生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。

作品 「静かな雨」「スコーレNO.4」「遠くの声に耳を澄ませて」「太陽のパスタ・豆のスープ」「メロディ・フェア」「誰かが足りない」「ふたつのしるし」「羊と鋼の森」他多数

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