『絶対泣かない』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『絶対泣かない』山本 文緒 角川文庫 2025年11月25日 初版発行

仕事で疲れて本も読めないというときにこそ、この物語を読んでほしい - 君嶋彼方 (小説家)

仕事に悩んでいる人、今から逃げたい人へ。背中を押してくれる15の物語。

損害保険会社の同期だった薔子 (しょうこ)。地方の旧家の一人娘で生活レベルもまるで違う彼女が退職した。理由は 「フラワーデザイナーになりたいから」。2年後、再会した薔子はショートカットにジーンズ姿、手は荒れ、頬はくすんでいた。その1年後、私は同期の結婚式で再び薔子に出会う。花嫁の横に佇む薔子は・・・・・・・(「花のような人」)。仕事を続けること、挫折すること、違う形で自信を取り戻すこと。数十年にわたり愛され支持される15の物語。(角川文庫)

私は四十九歳の時、それまで二十五年余り勤めていた会社を辞めました。本当はもっと早くに辞めたかったのですが、諸々あって決心がつきませんでした。もしも、たとえば三十歳前後の私がこの本を読んだとしたら、私のその後の人生はずいぶん変わっていたかも知れません。騙し騙し続けていた日々の仕事の中で、忘れかけていた何かを思い出し、本当は自分はどう生きたかったのかを、改めて問い直すきっかけにはなっただろうと。(そのあと自分がどうしたかはわかりませんが)

あとがき (全文)

こういうと語弊があるかもしれないが、私はお金が好きだ。
何のために働いているかというと、そりゃもうお金のためである。
お金はすごい。
お洋服は買えるわ、旅行には行けるわ、お酒は飲めるわ、部屋は借りられるわ、好きな男の人へのプレゼントも買える。
しかしこうやって考えてみると、お金そのものより、“お金によってできること“ が好きなのだろう。何故ならば、そんなに好きなら使わずに貯めているはずだからだ。
自慢じゃないが、貯金はない。
あればあるだけ使ってしまうから。

この仕事をはじめる前、私は会社員をしていた。
家庭的なのんびりとした会社だった。人間関係も悪くなく、ちゃんと週休二日で残業もあまりなかった。お給料はまあまあ平均的で、ボーナスは正直いって平均より多かった。そして半分お役所的な会社だったので、景気にもほとんど左右されない。つぶれる心配はなく、本人さえよければ定年までいても結構ですよ、という天国のような会社だった。
会社での仕事を、私は決して嫌ってはいなかった。むしろ、ワープロもお茶汲みも、楽しんでやっていたように思う。
けれど、その頃の日記には、こんなことが書いてあった。

- 私はまるでアシカのようだ。ピッと笛を吹かれると反射的に泳いで行って、輪っかを拾ったりボールを鼻先でつついたりしている。お客さんはそれを見て 「上手上手」 と褒めてくれるけど、アシカの私は嬉しくもなんともない。最近私は、会社でも友人や親の前でも演技ばかりしているような気がしてならない。嫁入り前のOL、という役を、ただ上手にこなしているような気がしてならない。本当はヴィトンもフランス料理も全然好きじゃないのに -

その一年後には、私は会社を辞めた。
お金のことだけ考えれば、私は会社を辞めるべきではなかった。物書きなんて職業は、一部の有名人を除いて本当にお金にならないし、長くやっていたからといって必ずしも収入が増えるというわけではない。
でも、私は会社を辞めたことを後悔していない。
まわりの人間達が私に対して望んでいる人格や人生を装って生きていくことは楽ではあったけれど、躾けられたアシカの暮らしはやはりどこか虚しかったのだ。
私達は忙しさにかまけて、何故働いているかを忘れてしまいがちだ。
どうして働ているのか。
何が欲しいのか。
それで、あなたは、いったいどうしたいのか。
どうしてもらいたい、のではなく、どうしたいのか。
私は時折、自分に問うようにしている。

一九九五年三月   山 本 文 緒

※嫌なものを嫌なままに我慢し続けることは、必ずしも褒められたことではないでしょう。何かのきっかけとほんの少しの勇気さえあれば、あなたの人生は劇的に変化するかもしれません。この本に登場する何人かの主人公のように。何かから 「逃げる」 ことを、躊躇ってはなりません。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。

作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「無人島のふたり」「ばにらさま」「みんないってしまう」他多数

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