『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初版発行

私の能力は、きれいだということだけなのだ。

美貌の23歳、桐島椿の日々は刺激と空虚に満ちていた。敬愛する祖母の認知症が始まるまでは - 。

「私の能力は、きれいだということだけなのだ」 - コンパニオンとして働く桐島椿は23歳。一回り年上の妻帯者と付き合いながら、中三の時の初体験の相手・グンゼとも逢瀬を重ねている。両親とはうまくいかない椿だが、唯一の理解者である祖母を敬愛してやまない。75歳とは思えぬ艶やかさを保つ祖母だったが、交通事故に遭い入院することに。椿は見舞いに訪れるが、祖母は椿を認識できなくなっていて・・・・・・・ 。 解説・唯川恵 (角川文庫)

桐島椿の依るべきは自らの美貌で、それは天から与えられた自分の 「能力」 だと固く信じています。そして、それを頼りに、(決して褒められたことではありませんが)行き当たりばったりのような日々を過ごしています。それが彼女が思うところの生き方ではあったのですが、必ずしも充たされていたとはいえません。

彼女はあまりに正直で、おまけに短絡的で、人に誤解されるようなことがあります。言わずにいた方がよいことまで口にしてしまい、不興を買うことも。「女」 を武器に、何気に自分を安売りしているような。そんな彼女を、著者はどんな思いで主人公に据えたのでしょう。 

実を言うと、名前を見ただけでは、山本さんが最初、男性なのか女性なのかわからなかった。
かつてのエッセイの中でも、デビューの時、編集者から名前の変更を求められたというエピソードが書かれている。いろいろと曰くつきの名前なので (それについては 『かなえられない恋のために』 (幻冬舎文庫) に書かれているので、ぜひそれを)変える気は毛頭なかったらしいが、私はその名前が現わす通り、山本さんはどこか両性具有の体質を持った作家だと思っている。

だからこそ、あれだけ 「女」 を書けるのだ。女の優しさや弱さや逞しさはもちろん、意地悪さや嫉妬深さや凶暴さも、彼女はえこひいきなく、きちんと公平に愛しむ。

誤解されることを承知で言ってしまうが、女なんて、みんな大したタマなのだ。
それに自分自身気づかず、恋する男の前で一瞬 「あなたなしでは生きられない。欲しいものは愛だけ。後は何もいらない」 と、錯覚することもあるが、もちろんそれは錯覚以外の何物でもなく、時間の長短はあっても、必ず思いがけない自分がひょっこり顔を出し 「えっ、これも私? 」 などと、びっくりしてしまう。

恋をしていても、ひとりになれば戸を開けっぱなしでトイレをするし、お風呂から上がれば裸でウロウロする。鏡を覗き込みながら必死に眉毛を抜き、彼の前ではベッド以外で膝頭が離れることはなくても、家では全開状態である。

もちろん、男の前でそんなことはおくびにも出さない。けれども出さないことを、山本さんは嘘つきとか、二重人格とか、ちゃっちいことで責めたりしない。そんな部分もひっくるめて、女なのである。いや、だからこそ女なのである。むしろ、男の前で 「そのまんまの私」 という、自分を演出しようとしない無邪気という名の無神経な女に、彼女は腹を立てているのである。

主人公、椿が吐き散らすすべての言葉は、読者にグサリと突き刺さる。何もそこまで言わなくても、と思うこともある。それでも椿を嫌いになれないのは、実は、そのすべての言葉や行動は、椿自身への凶器にもなっているからだ。その痛々しさが、女を張って生きる女の、強さにも繋がってゆくのだろう。(解説より)

※「きっと君は泣く」 の ・・・・・ 君は誰で、誰の、何のために泣くのでしょう。いや、そうではなくて・・・・・自分の不甲斐なさに、自分が泣くのでしょうか。だとしても、悲しんでばかりはいられません。どうせ誰も助けてはくれないのだから。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。

作品 「恋愛中毒」「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」「無人島のふたり」「ばにらさま」「みんないってしまう」他多数

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