『溺レる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/14
『溺レる』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(あ行)
『溺レる』川上 弘美 文芸春秋 1999年8月10日第一刷
読んだ感想がうまく言葉にできないので、ちょっとズルをしてプロの仕業を借りてしまいます。10年も前に買った単行本の帯に掲載されたコメントです。
「週刊宝石」亀和田武氏
「カフカが性をテーマに小説を書いたら、こんなふうになるのだろうか。しかも透明な気配が満ち満ちている。セックスと清らかな透明さ。なんという不思議な共存だろう。」
「ダ・ヴィンチ」清水良典氏
距離を決して埋められないのに、いわば心根を尽くして寄り添い抜く恋の姿、その切なさの諸相がここには描かれている。決して甘くない。むしろ噛みしだくほどに苦みの増す恋の滋味だ。」
どうです? タイトルもそうなら、コメントからも官能的な匂いがプンプンしますよね。でも、どうやらそれが単なるエロスを昇華させて、さらりと書かれているらしい。そして、淡々とした描写のなかにも、しっかりと男女を繋ぐ機微が表現されているというわけです。
繰り返しますが、私はうまく感想が言えません。ただ、川上弘美という作家が、これぞ作家だと言える作家であることだけは分かります。あんな文章は、誰もが書ける文章ではありません。あんな感覚は、たとえ感じていたとしても凡人には表現する術がないのです。
女性の皮膚感覚、ですか。私は男ですから確かなことは言えませんが、多分世の女性が読むとおそろしく共感を呼ぶのでしょう。体温をもった躰の感覚が、言葉を駆使して表現されています。その駆使されている言葉が平易で滑らかな分、より感覚が際立ちます。
この本には8つの掌編が収められていますが、私は冒頭の「さやさや」がとても好きです。
メザキさんとサクラちゃんの微妙な距離が切なく、堪らないのです。
メザキさんは、きっとサクラちゃんとはかなり歳の離れた大人の男性です。結構インテリですが、それを鼻にかけるようなことはありません。むしろ、現在の自分を否定的にみているようでもあります。
メザキさんにとって、サクラちゃんは何をおいても守りたい今一番大切な人です。しかし、その気持ちをストレートに表現するには二人の立場は違い過ぎて、シャイなメザキさんは自分の気持ちを押し留めて、なるべくさり気ない風を装っています。
お酒を飲んだ勢いで何とかサクラちゃんとキスをするメザキさんですが、サクラちゃんの方は案外冷静です。もちろん好きでなければ夜遅くまでメザキさんと付き合うことなどないのですが、だからと言ってすべてを許しているかというとそこは微妙なところです。
夜明け近く雨になると、サクラちゃんはオシッコがしたくて我慢できなくなります。
夜の闇と草の茂みに隠れているとはいえ、男性のすぐ傍でオシッコをするのはとても勇気がいることです。お尻を出してしゃがんでいる自分がここにいるのが、妙な気分でした。
サクラちゃんは、雨と一緒に葉を濡らすオシッコのさやさやという音を聞いています。
昂ぶる恋情を互いに抱きながらも、二人の関係は一線を越える手前で立ち往生しています。しかしその際どい関係こそ、性愛を越えた極の切なさを生む関係でもあるのです。
これ、私の妄想と一部願望です。小説の内容とは必ずしも一致しませんので、あしからず。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。本名は山田弘美。
お茶の水女子大学理学部卒業。高校の生物科教員などを経て作家デビュー。俳人でもある。
作品 「蛇を踏む」「」「センセイの鞄」「真鶴」「風花」「これでよろしくて?」「パスタマシーンの幽霊」「どこから行っても遠い町」他多数
◇ブログランキング
関連記事
-
『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文
『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 講談社 2022年8月5日第8刷
-
『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文
『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 大丈夫、ま
-
『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 生まれなかった子が、新たな命
-
『明日も会社にいかなくちゃ』(こざわたまこ)_書評という名の読書感想文
『明日も会社にいかなくちゃ』こざわ たまこ 双葉文庫 2023年9月16日第1刷発行
-
『AX アックス』(伊坂幸太郎)_恐妻家の父に殺し屋は似合わない
『AX アックス』伊坂 幸太郎 角川文庫 2020年2月20日初版 最強の殺し屋は
-
『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(李龍徳)_書評という名の読書感想文
『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』李 龍徳 河出書房 2022年3月20日初版 日
-
『折れた竜骨(下)』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文
『折れた竜骨(下)』米澤 穂信 東京創元社 2013年7月12日初版 後半の大きな山場は、二つあ
-
『どこから行っても遠い町』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『どこから行っても遠い町』川上 弘美 新潮文庫 2013年9月1日発行 久しぶりに川上弘美の
-
『グロテスク』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『グロテスク』桐野 夏生 文芸春秋 2003年6月30日第一刷 「人は自分のためにしか生きられな
-
『レモンと殺人鬼』(くわがきあゆ)_書評という名の読書感想文
『レモンと殺人鬼』くわがき あゆ 宝島社文庫 2023年6月8日第4刷発行 202