『天使が怪獣になる前に』(山田悠介)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『天使が怪獣になる前に』(山田悠介), 作家別(や行), 山田悠介, 書評(た行)

『天使が怪獣になる前に』山田 悠介 文芸社文庫 2015年2月15日初版

中高生にダントツの人気があるらしい。文庫の平積みスペースに山積みされているこの人の本が書店に行く度に気になっていたのですが、やっと買う気になりました。

これはシリーズの第2弾になるようです。先に出ている『君がいる時はいつも雨』に続く作品で、〈生まれてこなかった子どもたち〉シリーズとでも言えばよいでしょうか。
・・・・・・・・・・
【 雨とともに現れる、自称〈正義のヒーロー〉”孝平” 】

孝平は兄の孝広を助けるために、生まれてこなかった子どもたちが暮らしている世界・コドモランドからやってきた少年で、この世の人間ではありません。

兄の孝広が幼いころに両親は交通事故で亡くなっているのですが、そのとき母親のお腹の中にいたのが孝平でした。前作は孝平と孝広の物語ですが、本作で再び現実の人間界へやってきた孝平が出会うのは、一人の天使のような少年です。

正確に言いますと、この小説中の孝平はコドモランドから〈直接〉やってきたのではありません。コドモランドと現実世界の中間にある、真っ白い〈無の空間〉。そこが現在の孝平の住み家です。〈無の空間〉には壁がなく、季節もなくて、昼と夜の区別もありません。

一度でも人間界へ行ってしまうと、簡単にはコドモランドには戻れません。孝平はますますコドモランドヘ戻れなくなるのを分かっていながらも、もう一度人間界に行ってみようかなどと思っています。孝平は、ただただ退屈だったのです。
・・・・・・・・・・
そこは小さな公園でした。真冬ですが、孝平はTシャツと短パン姿です。孝平は寒さを一切感じません。孝平に寒さは関係ないのです。次第に雨が強く降り出します。コドモランドから抜け出した者には神様からひとつの罰が与えられます。孝平の場合、それが雨です。

孝平が人間界にいる間は、常に雨が降っています。雨の中、公園の出口付近に少年が立っています。冷たい雨に打たれながら、何かを熱心に眺めています。くるくるパーマのかかったふんわり頭の少年は、女の子みたいな可愛らしい顔立ちで、まるで天使のようです。

名前を訊ねると、少年は「高山」とだけ名乗って下の名前を言おうとしません。孝平は仕方なく、少年のことを「ナナシ」と名付けます。再三遊ぼうと誘う孝平ですが、ナナシは無視するばかりで、その場を動こうとはしません。

ナナシの目的は、母親に会うことでした。孝平が2度目にナナシと出会った時、彼は〈高山弁当店〉と書かれた派手な車で弁当を売る、30歳くらいの髪の長い女性を一心に見つめていたのですが、その女性がナナシの母親で、公園で彼が見つめていたのは彼女が住む建物だったのです。

ナナシは、コドモランドからやってきた子どもでした。孝平がそれに気付いたのは、地震のせいです。ナナシが泣き出すのに合わせたように、地面が揺れます。ナナシが持っているペロペロキャンディを孝平が無理やり掴み取ろうとした時が、まずそうでした。

決定的なのは、正美が同級生らしき4人組に囲まれた時です。正美は、もしナナシが生まれていたら彼の弟です。母親の弁当を貶す4人組に、正美は激しく反論します。背後にいたナナシが、堪らず泣き声を洩らします。その瞬間、ユラッと地面が不気味に揺れたのでした。

孝平にとっての〈雨〉が、ナナシの場合は〈地震〉でした。ナナシが泣くと地面が揺れます。ナナシは、母親の照美が身籠った末に流産した子どもだったのです。次に生まれたのが正美で、その後に照美は離婚して現在は母と子の2人暮らしです。
・・・・・・・・・・
孝平が照美に対して、ナナシの正体を打ち明けるところからが物語の第二幕です。最初は半信半疑の照美ですが、孝平が言う事は一々正しく、何より照美自身に覚えのあることですから否定のしようもありません。

正美もナナシと打ち解けて、一旦は3人の家族が再生したかに思えます。ところが、思わぬことから事態は暗転して行きます。世間からの予期せぬ中傷や、照美の元夫・正光が仕掛けた陰湿な企みが、この後次第にナナシを追い詰めていくことになります。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆山田 悠介
1981年東京都生まれ。
神奈川県の大和市立南林間中学校と平塚学園高等学校卒業。

作品 「リアル鬼ごっこ」「親指さがし」「ブレーキ」「名のないシシャ」「奥の奥の森の奥に、いる。」「貴族と奴隷」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『照柿』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『照柿』高村 薫 講談社 1994年7月15日第一刷 おそらくは、それこそが人生の巡り合わせとし

記事を読む

『悪人』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『悪人』吉田 修一 朝日文庫 2018年7月30日第一刷 福岡市内に暮らす保険外交

記事を読む

『冬雷』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『冬雷』遠田 潤子 創元推理文庫 2020年4月30日初版 因習に縛られた港町。1

記事を読む

『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』(浦賀和宏)_書評という名の読書感想文

『デルタの悲劇/追悼・浦賀和宏』浦賀 和宏 角川文庫 2020年7月5日再版 ひと

記事を読む

『前世は兎』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『前世は兎』吉村 萬壱 集英社 2018年10月30日第一刷 7年余りを雌兎として

記事を読む

『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 きみが三年の間どうしていたか、話し

記事を読む

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行 怒濤である。出口のない

記事を読む

『珠玉の短編』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『珠玉の短編』山田 詠美 講談社文庫 2018年6月14日第一刷 作家・夏耳漱子は掲載誌の目次に茫

記事を読む

『子供の領分』(吉行淳之介)_書評という名の読書感想文

『子供の領分』吉行 淳之介 番町書房 1975年12月1日初版 吉行淳之介が亡くなって、既に20

記事を読む

『だれかの木琴』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『だれかの木琴』井上 荒野 幻冬舎文庫 2014年2月10日初版 主婦・小夜子が美容師・海斗から受

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑