『自分を好きになる方法』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『自分を好きになる方法』本谷 有希子 講談社文庫 2016年6月15日第一刷

16歳のランチ、28歳のプロポーズ前夜、34歳の結婚記念日、47歳のクリスマス、3歳のお昼寝タイム、63歳の何もない一日。リンデは「お互い心から一緒にいたいと思える相手」を求め続ける。密やかな孤独と後悔、それでも残るほのかな期待を丁寧に描いて、女性たちの圧倒的な共感を呼んだ第27回三島由紀夫賞受賞作。(講談社文庫より)

副題は「For six days of Linde」- 主人公の名を、リンデと言います。リンデとは、シューベルトの「ぼだいじゅ(リンデンバウム)」の歌に出てくる〈リンデの樹〉に因んで付けられたもので、れっきとした日本の女性の名前です。

おそらくは貴女、あるいはまた貴女以外の別の人(女性)をも言い表わすのに名付けられた、誰がそう呼ばれても一向に差し支えのない、いわば象徴のような名前。便宜的に付けられた、人(女性)の総称であるように思われます。

リンデの生涯の内、僅か6日間の出来事が描かれているこの物語では、それぞれの時代にあって(16歳・28歳・34歳・47歳・3歳・63歳)、彼女は彼女なりに、現実世界との(多くは)違和感や(少しばかりの)一体感を抱え持ちながら生きて行くことになります。

クラスメイトとボウリングをした16歳。恋人と海外のリゾートを訪れた28歳。結婚記念日を迎えた34歳。猫の里親会の仲間とクリスマスパーティーを開く47歳。保育園でお昼寝の時間に眠れずにいる3歳。遅起きをしてベーコンを焼くことから一日を始める63歳。

そこでは人の一生の内でなら一度や二度は必ず経験する、誰しもがこんな日もあるだろうと思わせるような光景が描かれています。しかし、読み終わってよくよく考えるに、もしかするとその後のリンデの人生を確かに決定付ける出来事であったようにも思えます。

リンデは何より「お互い心から一緒にいたいと思える相手」を探しています。16歳の時、学校ではいつも三人でお弁当を食べていたカタリナとモモと一緒にボウリングに行った時のリンデは勇敢で、最後には揺るぎない意志をもって二人に自分の気持ちを伝えます。

二人といるよりもっと楽しそうに思えるニッキたちに混ざって昼休みを過ごしたい - それを言い出せないでいるのですが、ふとした瞬間、リンデはカタリナとモモのことが少しも好きではないことに気付きます。そして、その気持ちを二人に伝えたのです。

結婚間際(つまりは28歳の頃)のリンデと、結婚してから数年後に迎える記念日のときのリンデ(34歳の頃)-(特に)ここでの様子は、もしやすると貴女が経験したことのある「貴女自身の物語」であるかも知れません。

すべてを書くわけにはいきませんが、海外旅行に出かけたときの恋人の彼と、結婚記念日にテーブルを挟んだ向こう側の席にいる夫とは同じ人物です。

確かにリンデは彼しかないと思っていたのです。この人の他に依るべき人はいないと思って付き合っていたのですが、海外のホテルで過ごす二人だけの緊密な時間にあって、やがて譲ることのできない互いの価値観の違いに気付いてゆくことになります。

但し、それでもリンデは彼と結婚し、数年後の結婚記念日にはかつて行った海外のリゾート地を再び訪れています。あのとき仲違いして結局行けず仕舞いだったダイナー(地元の有名なレストラン)に来直してはいるのですが、だからといってすべてがうまくいっているかといえば、残念ながらそういうことではありません。
・・・・・・・・・・
63歳になったリンデは何を思い、どんな一日を過ごしているのでしょうか。独り身となり、これといってすることがない毎日ではあるのですが、それでも心の中には「こんな人がいたら」という想像上の友人がいて、その人と出逢うことの望みはまだ捨ててはいません。

この頃のリンデを少し距離を置いて見てみると - 彼女は思いつきで一日の「行動リスト」なるものを作っては、「もしこれらを今日中に済ませてしまえたら自分のことが好きになるだろう」などと考えたりします。彼女は生来「がさつ」なところがあります。

自分に課した期待に満足もし、もし何もできなくてもまったく落ち込むことはないと思います。しかし、見落としてはならないのは「自分のことが好きになるだろう」という思いの裏側には、実は今の自分が好きではないという気持ちがあるということ。

幸か不幸か、リンデはそのことには気付きません。色々と誤解を招くことが多かったリンデの人生ではありますが、彼女は彼女で精一杯に人を愛そうと努力もし、でき得るなら心から一緒にいたいと思える相手を見つけて共に暮らしていたかったのです。

人には各々個性があり、ときに無神経に思われたり愚鈍であったりもし、気を使い過ぎるあまりに空回りすることもあれば、人から疎まれることだってあるわけです。でも、それはしょうがない。そうしようと思ってしているわけではないのだし、ましてや、心の中ではいつかわかり合えると信じて生きているのですから。そう、3歳のあのときのように。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆本谷 有希子
1979年石川県生まれ。
石川県立金沢錦丘高等学校卒業。ENBUゼミナール演劇科に入学。

作品 「ぬるい毒」「嵐のピクニック」「異類婚姻譚」「江利子と絶対」「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」「生きているだけで、愛。」「グ、ア、ム」他

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