『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『過ぎ去りし王国の城』宮部 みゆき 角川文庫 2018年6月25日初版

中学3年の尾垣真が拾った中世ヨーロッパの古城のデッサン。分身(アバター)を描き込むと絵の世界に入り込めることを知った真は、同級生で美術部員の珠美に制作を依頼。絵の世界にいたのは、塔に閉じ込められたひとりの少女だった。彼女は誰か。何故この世界は描かれたのか。同じ探索者で大人のパクさんと謎を追う中、3人は10年前に現実の世界で起きた失踪事件が関係していることを知る。現実を生きるあなたに贈る、宮部みゆき渾身の冒険小説! (角川文庫)

描かれたデッサン画の中に生身の人間が入り込み、古城の塔にいる少女をどうにかして救い出そうする - それはまぎれもなくファンタジーでありながら、それとは違う「今在る世界」のことが描かれています。

気まぐれな悪意と暴力、蔑みと無関心、ネグレクトに、スクールカースト - そして、孤独や失意の心。

宮部さんの描く人物には、欠損がある。外側から否応なく押しつけられた欠損であることが多い。登場人物達は、抗ったり、諦めたり、拒絶したり、許容したりしながらも、なんとかその欠損を抱えて生きていこうとする。

子供達もそうだ。本書の尾垣真は、〈壁〉と綽名されるほど、目立たない、存在感のない自分を半ば諦め気味に受け入れている。(後略) 城田珠美の欠損は、過去にある。その歪みは彼女を変え、周囲から浮きあがらせ、いじめの対象にしている。世界に背を向けて凛と立つ城田は、強いが脆い。登場人物唯一の大人、パクさんもまた、叶えられなかった夢と自尊心との折り合いがつけられない。

そしてキーパーソンとなる秋吉伊音。彼女は一度も満たされたことがなかった。彼女の存在は、この世界に空いた穴だ。気づかず通り過ぎる人がほとんどだが、自分自身に欠けた部分があるものは引き寄せられる。そして捕らわれる。(池澤春菜/解説より)

そして、「その欠損への向き合い方に、嘘がない」 と続きます。

キーパーソンとなる「秋吉伊音」という名の女性 - 彼女は何も語りません。彼女は姿を見せません。絵の中では9歳の少女。もしも今生きているなら、彼女は19歳になっています。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆宮部 みゆき
1960年東京都江東区生まれ。
東京都立墨田川高等学校卒業。

作品 「我らが隣人の犯罪」「火車」「蒲生邸事件」「理由」「模倣犯」「名もなき毒」他多数

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