『部長と池袋』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『部長と池袋』(姫野カオルコ), 作家別(は行), 姫野カオルコ, 書評(は行)
『部長と池袋』姫野 カオルコ 光文社文庫 2015年1月20日初版
最近出た、文庫オリジナルの短編集です。
ページをパラパラと捲ってみて、あぁこれなら読めそうだと思って買いました。実はこの人の小説は何度かチャレンジしているのですが、どうも私には相性が悪いというか、すんなり読めたためしがありません。去年の暮にも『お金のある人の恋と腐乱』を読み始めたのですが、途中で挫折してしまいました。これなら、と思って手に取ったのが『部長と池袋』です。
「二冊分を一冊分の価格で買える」お値打ち品だと著者自身が言うだけあって、大きく区分されたPARTⅠとPRATⅡでは随分趣きが異なります。生粋の姫野ファンなら確実にPARTⅡを推すのでしょうが、初心者の私はPARTⅠを楽しく読みました。
PARTⅠでは、広い意味での旅情がモチーフとなっており、ある光景のなかでの思い出が綴られています。年齢ごとに、思い出が刻まれた街々の風景が語られる「青春と街」と題したショートストーリーは著者自身の記憶に違いなく、興味深く読めます。
特に「18歳の山科」は、姫野カオルコの思い出だけではなく私の思い出でもありまして、まことに個人的な記憶がメジャーな作家と共通していることが、何とも嬉しいのです。全国的に有名な街や人口密度の高い地域ならともかく、なんせマイナーな地域なものですから、こんなことは滅多にないのです。
姫野カオルコは大学入学を機に上京するのですが、それまでの著者と私はほぼ同じ円周内で暮らしていたことになります。ひょっとしたら、ホームのベンチに座って山の景色を眺めている彼女の横を、私は何気に歩いていたかも知れないのです。山科駅で降り、京阪電車に乗り換えて京都市内へ向かうのも同じ、京都は我々にとって唯一の都会だったのです。
私は京都の金閣寺の傍にある私立大学に通い、就職してまた山科駅を毎日利用することになります。山科は京都や大阪のベッドタウンで、入り人が多くこれと言う特徴のない街です。でも姫野カオルコが言うように、世界一有名な観光都市・京都へ連れて行ってくれる乗換口として、田舎出の若者にとっては今でも特別な場所なのだと思います。
「19歳の新宿」「21歳の渋谷」「25歳の六本木」と続くのですが、当時の東京、日本の中心の様子を垣間見るようで、楽しく読めます。そして姫野さんはやっぱり、たくましい。
・・・・・・・・・・
PARTⅡは一転して、アイロニカルなものとパロディの短編が並んでいます。著者が言うところの筋(すじ)小説。要するにストーリーがメインの読み物で、筋小説とは姫野さんの造語ですから、気になさらぬよう。
全部で五編あるのですが、私は「巨乳と男」「書評と忸怩」かな。アイロニカルなものは元々好きで面白いのですが、パロディとなるとどうも今は読む気がしません。歳のせいなのか、感性が鈍いのか、現実感が薄くなるにつれて読む気も薄れます。
特異な文才と独自の感性、才気煥発な作家だということは十分に分かっているのに、この人の本格的な小説を未だに完読できないでいるのは、お恥ずかしい限りです。ましてや、未成年時代を同じ場所、同じ空間で過ごし、歳もさほど変わらない者同士が、分かり合えない訳がありません。今度は必ず『昭和の犬』を読んでやる・・・!!
この本を読んでみてください係数 80/100
◆姫野 カオルコ(姫野 嘉兵衛と表記することもある)
1958年滋賀県甲賀市生まれ。
青山学院大学文学部日本文学科卒業。
作品 「ひと呼んでミツコ」「受難」「ツ、イ、ラ、ク」「ハルカ・エイティ」「リアル・シンデレラ」「昭和の犬」他多数
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