『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清), 作家別(さ行), 書評(な行), 重松清

『ニワトリは一度だけ飛べる』重松 清 朝日文庫 2019年3月30日第1刷

この物語は、平成の半ば頃、とある冷凍食品会社で起きた内部告発事件をめぐる、ささやかなゲリラ戦の記憶である - 。

筆者はこの物語を事件の直後、2002年から翌年にかけて、いったん週刊誌連載で発表したものの、諸般の 「事情」 があって (小説と銘打ち、戦記というよりむしろ寓話に仕立てあげたつもりでも、やはり少なからぬ関係筋を刺激することになってしまったのだ)、単行本化は見送った。
しかし、平成が終わろうとする頃になって状況が大きく変わった。事件に深く関わり、有形無形さまざまな 「事情」 を押しつけて単行本化を拒んできた関係筋の中で、最も強硬な姿勢だった人物が亡くなったのである。
幸いにして御遺族や関係各位の御理解と御厚意を賜り (深謝したい)、ここに十数年越しの再びの御目見得が叶ったことになる。
文庫という、手軽で身軽な、まさしくゲリラにふさわしい一冊に収められた、二十一世紀が始まって間もない頃の物語を、平成最後の年に (そしてもちろん、それ以降も) 愉しんでいただければ、と願っている。(重松清/物語の “プロローグ” としてある文章)

タイトルとあわせ、ここだけ読むと重松清の小説ではないような、池井戸潤が書く組織の暗部を鋭く抉る企業小説のような。そんな感じがします。

飛べないはずのニワトリが “一度だけ飛べる” とは - 例えば、会社の言いなりになり粛々と仕事に励むサラリーマンが、ある日一大決心のもとに牙を剥き、多くの犠牲を覚悟の上で、それでも組織に蔓延る不正を糾さずにはいられない - 九回裏二死からの逆転満塁ホームランのような、そんなドラマが展開されるのではないかと。

それの半分は当たり、半分は外れています。

この物語の結末は、(池井戸潤の小説ほどには) 痛快でも、爽快でもありません。というか、たとえその戦いは劇的な展開で勝利を収めたとしても、翌日にはまた次の試合があるということです。相手を変え、場所を変え、戦いはまだまだ続きます。

働くとは、人生とは。 きっと、そういうことなんだと。

事を成した後、造反に関わった主たる4人の人物は、おしなべて更なる苦難を背負うことになります。

左遷部署 「イノベーション・ルーム」 に異動となった酒井裕介のもとに 「ニワトリは一度だけ飛べる」 という題名の謎のメールが届くようになる。送り主は酒井らを 『オズの魔法使い』 の登場人物になぞらえて、何かメッセージを伝えようとしているようなのだが・・・・・・・。働くとは、人生とは。名手が贈る、笑って泣ける長編小説。(朝日文庫)

この本を読んでみてください係数 80/100

◆重松 清
1963年岡山県津山市生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。

作品「定年ゴジラ」「カカシの夏休み」「ビタミンF」「十字架」「流星ワゴン」「疾走」「カシオペアの丘で」「ナイフ」「星のかけら」「また次の春へ」「ゼツメツ少年」他多数

関連記事

『余命二億円』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『余命二億円』周防 柳 角川文庫 2019年3月25日初版 工務店を営んでいた父親

記事を読む

『徘徊タクシー』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文

『徘徊タクシー』坂口 恭平 新潮文庫 2017年3月1日発行 徘徊癖をもつ90歳の曾祖母が、故郷熊

記事を読む

『ここは私たちのいない場所』(白石一文)_あいつが死んで5時間後の世界

『ここは私たちのいない場所』白石 一文 新潮文庫 2019年9月1日発行 順風満帆

記事を読む

『一億円のさようなら』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『一億円のさようなら』白石 一文 徳間書店 2018年7月31日初刷 大きな文字で、一億円のさような

記事を読む

『拳に聞け! 』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『拳に聞け! 』塩田 武士 双葉文庫 2018年7月13日第一刷 舞台は大阪。三十半ばで便利屋のア

記事を読む

『ラブレス』(桜木紫乃)_書評という名の感想文

『ラブレス』 桜木 紫乃  新潮文庫 2013年12月1日発行 桜木紫乃は 『ホテルローヤル』

記事を読む

『泡沫日記』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『泡沫日記』酒井 順子 集英社文庫 2016年6月30日第一刷 初体験。それは若者だけのもので

記事を読む

『泥濘』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『泥濘』黒川 博行 文藝春秋 2018年6月30日第一刷 「待たんかい。わしが躾をするのは、極道と

記事を読む

『猫を棄てる』(村上春樹)_父親について語るとき

『猫を棄てる 父親について語るとき』村上 春樹 文藝春秋 2020年4月25日第1刷

記事を読む

『七色の毒』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『七色の毒』中山 七里 角川文庫 2015年1月25日初版 岐阜県出身の作家で、ペンネームが

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑