『山中静夫氏の尊厳死』(南木佳士)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/08
『山中静夫氏の尊厳死』(南木佳士), 作家別(な行), 南木佳士, 書評(や行)
『山中静夫氏の尊厳死』南木 佳士 文春文庫 2019年7月15日第2刷
生まれ故郷にみずからの墓を作り、苦しまずに死ぬことを願う末期癌患者。家族との妥協を拒み、患者本人との契約によって、初めて尊厳死に臨もうとする医者。その葛藤を克明に描いた表題作と、難民医療団に加わって過酷な日々を送る人々の、束の間の休日に起こった出来事を、安吾の 『堕落論』 に仮託して描いた中篇とを収める。(文春文庫)
単行本が絶版になったものの文庫による復活版 (2004年2月10日第1刷)。15年生き延びて昨年7月に第2刷となっています。地味ではありますが、読みたいと思う人が確実にいるということです。
思わず手に取ったのは、この本に登場する重度の肺癌患者、山中静夫氏ほどではないにせよ、「自分が死ぬ」 ということが、私にとってもはや他人事ではないからでした。何度かの心臓発作を繰り返し、かろうじて私は生き延びています。
死の間際になって他人 (ひと) は何を思うのか。医師は何を語るのか。それが知りたいと思いました。
- 「山中静夫氏の尊厳死」 より
「私は肺癌なのです」
診察室の丸椅子に腰をおろすと同時に男は言った。
医師の今井は患者を呼び入れる前に、あらかじめ紹介医から患者に渡され、受付で看護婦にあずけられた紹介状と胸部X線写真やCTなどの資料に目を通していたのでそれほど驚きはしなかったが、自分が癌である、と初診の場で口にした患者に出会うのは初めての経験だった。
「山中静夫さんですね」
初診患者用の新しいカルテを開きながら、今井はつとめてゆっくりした口調で語りかけた。
カルテにある五十三歳という年齢よりは少し老けて見えるような気がしたが、それは蒼白い顔色と白髪の目立つ頭のせいらしかった。
カルテの住所によれば山中静夫氏は長野県と山梨県の境にある山梨県側の村に住んでおり、紹介してきた病院も山梨県の総合病院だった。
「どうして山梨県の病院で治療を受けられなかったのですか」
今井は紹介してきた病院の規模や設備内容がこの信州の田舎町にある総合病院のそれと大差ないものであるのを知っていた。
医師の紹介状の最後には、患者の希望でそちらにお願いする次第です、としか書かれていなかった。(本文より抜粋)
山中氏が、わざわざ県を跨いで遠くの病院に入院すると決めたのは、やむにやまれぬ事情があったからです。死を間近にして、積年の願いを叶えたかったからでした。時間はさほど残されていません。それでも山中氏はやり遂げようと、最後の最後まで力を尽くします。
医師の今井は、全てを承知で、山中氏の意志を尊重すると決めます。それは今井の、医師としての覚悟でもありました。山中氏と医師の今井は、二人で、二人だけの “契約” を交わすのでした。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆南木 佳士
1951年群馬県吾妻郡嬬恋村生まれ。
秋田大学医学部卒業。
作品 「破水」「ダイヤモンドダスト」「家族」「信州に上医あり-若月俊一と佐久病院」「医者という仕事」「海へ」「臆病な医者」他
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