『生きるとか死ぬとか父親とか』(ジェーン・スー)_書評という名の読書感想文

『生きるとか死ぬとか父親とか』ジェーン・スー 新潮文庫 2021年3月1日発行

母を亡くして約二十年。私にとって七十代の父はただ一人の肉親だ。だが私は父のことを何も知らない。そう気づき、父について書こうと決めた。母との馴れ初め、戦時中の体験、事業の成功と失敗。人たらしの父に振り回されつつ、見えてきた父という人、呼び起される記憶。そして私は目を背けてきた事実に向き合う - 。誰もが家族を思い浮かべずにはいられない、愛憎混じる、父と娘の本当の物語。(新潮文庫)

帯に - 可笑しくてほろ苦い、父娘のリアルストーリー - とあります。

TVドラマになるらしい。放映は4月9日(金) から。テレビ東京系で毎週金曜日、深夜0時12分からであるらしい。(ちなみに娘役が吉田羊で、父親役が國村隼であるらしい)

スカした名前に惑わされてはいけません。「ジェーン・スー」 は思いつきで付けたいわば “芸名” で、著者は生まれも育ちも東京の、生粋の日本人です。両親共に日本人なら、当然ながら娘の彼女も日本人以外の何ものでもありません。

彼女は、二十年前に癌で亡くなった母のことが大好きでした。母ほどではないにせよ、現在七十七歳の 「ほんの十年前まで、全盛期の石原慎太郎とナベツネを足して二で割らないような男だった」 父のことも、様々あるにはあるものの、なぜか捨て置くことが出来ません。

父は 「よく女に好かれる男」 でした。今もって赤いブルゾンがよく似合います。一人娘の 「私」 は、現在四十二歳。結婚はしていませんが、同居人がいます。

この解説を書くために 『生きるとか死ぬとか父親とか』 を読み返した (親本刊行当時に、新聞へ書評を寄せて以来のこと)。
ちなみに著者と私とは同じ年。親しみを込めてスーさんと呼んでみたい。

身の上話は当人にしか書けないものだが、自分のことがわからないのに、さらにわからない親のことを書くには、かなり高度な技術を要する。言うなれば一種の芸だ。奇天烈なエピソードを面白おかしく語ったり、あるいはしんみり、ほっこりと綴る人はいる。だけどスーさんの場合は違う。父、そして父娘関係を刃物で切り開いて断面をさらけ出す。さしずめ料理人にさばかれた烏賊が、皿に盛られてからもピチピチと動いているかのようだ。内臓まで透けて美しい刺身を怖いと思うか、美味しそうと思うかはその人好み。

スーさんの身の上話には批判的精神がある。単に笑える芸ではなく、文芸の域に達している。「ふたたびの沼津」 の章などはそのまま掌編小説となっている。
再読しながら何度も唸ってページを閉じてしまった。同い年なのにこんな切れ味鋭い文章を書けることに嫉妬している自分がいた。(中江有里 女優・作家)

思い返せば、自分が大人になり、社会へ出て働くようになってから、つまりは自立して以前ほどには関わらなくなってから、如何に私は親をないがしろにしてきたことか。

今になって、ようやくそのことに気付きます。他の誰よりも気に掛け続けてくれた両親を、同じように気にしていたと言えるのか。いつからだったのか、父より自分の方が世間が広いと思い始めたのは。育ての母を、邪険に扱うようになったのは。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆ジェーン・スー (別名:田之上美智)
1973年東京都文京区生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティー。
フェリス女学院大学文学部卒業。

作品 「貴様いつまで女子でいるつもり」「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな」「女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり」「揉まれて、ゆるんで、癒されて」等

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