『わたしの本の空白は』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/07
『わたしの本の空白は』(近藤史恵), 作家別(か行), 書評(わ行), 近藤史恵
『わたしの本の空白は』近藤 史恵 ハルキ文庫 2021年7月18日第1刷
気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし。目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。夫を名乗る人が現れたけれど、嬉しさよりも違和感だけが立ち上る。本当に彼はわたしが愛した人だったの? 何も思い出せないのに、自分の心だけは真実を知っていた・・・・・・・。”愛” を突き詰めた先にあったものとは - 。最後まで目が離せない傑作サスペンス長編。(ハルキ文庫)
この小説は、角川春樹事務所が発行するPR誌 《ランティエ》 に、2017年2月号から2018年2月号にかけて連載されたものの単行本化、次いで文庫化なった作品です。
ある朝、病院のベッドで目覚めた主人公・三笠南 (みかさ・みなみ) には、過去の記憶が一切ありません。自分が誰で、なぜ此処にいるのかもまるでわかりません。生まれたばかりの子どものように、人として彼女は “丸裸” の状態でした。
しばらくしてわかるのですが、彼女が記憶を失くしたのは、自宅の二階から階段を転げ落ちたことが原因でした。転げ落ちて気絶した彼女は病院に運ばれ、三日間ほど眠り続けてある朝目が覚めるのですが、過去の記憶の一切合切が消えているのに気付きます。
そして - ここが重要なのですが - 確かに生きていたという実感と、ある “微かな感触” だけが残っています。
- と、これが物語の導入部です。どうでしょう? 中々に無理のある設定に思えるこの状況を、些末な事と見過ごすか、リアリティに欠けると批判するかは読者であるみなさんに委ねることとしますが、いずれにせよ、
話の成行き上、そうでなければならない事情があります。この前提なくして、物語は始まりません。
著者は 《ランティエ》 2018年7月号掲載のインタヴューで、「この作品で一番やりたかったのは、大げさな言い方ですけど “愛を解体する” こと。血まみれになって解体した末に愛が死骸のように横たわっている状態を描き出すことには、成功したと思っています。こういう解体の仕方をした作品は、あまりないだろうと思いますし」 と述べている。(解説より)
本当にそうなんでしょうか? 残念ながら、私にはそうは思えません。
本人的には 「成功したと思っている」 ことと、読者がどう感じ、どう受けとめたかはまた別の問題で、毎度毎度、著者の思う通りに読者に届くとは限りません。
それより何より、この小説が描こうとしていることが、思う以上に難しいし、ややこしい。もうちょっとわかりやすいスチュエーションで書いてほしかった。そうでないと、読者はきっと中途で読むのを止めてしまうのではないかと。
加えて言うと、主人公の南がそうなら、南の夫・慎也も、南が本当に愛していた (はずの) 慎也の弟・晴哉も、いまいちキャラクターがはっきりしません。すべてが曖昧で、結局それが最後まで続きます。悪人なら悪人らしく、そうでないならないふうに、きちんと書き分けてほしかったと思います。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。
作品 「凍える島」「カナリアは眠れない」「サクリファイス」「ねむりねずみ」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数
関連記事
-
『路上のX』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『路上のX』桐野 夏生 朝日新聞出版 2018年2月28日第一刷 こんなに叫んでも、私たちの声は
-
『ジオラマ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『ジオラマ』桐野 夏生 新潮エンタテインメント倶楽部 1998年11月20日発行 初めての短
-
『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 大物彫刻家が遺した縮小
-
『我が産声を聞きに』(白石一文)_書評という名の読書感想文
『我が産声を聞きに』白石 一文 講談社文庫 2024年2月15日 第1刷発行 生まれ、生き、
-
『トリニティ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
『トリニティ』窪 美澄 新潮文庫 2021年9月1日発行 織田作之助賞受賞、直木賞
-
『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文
『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 私は 「か
-
『我が家の問題』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
『我が家の問題』奥田 英朗 集英社文庫 2014年6月30日第一刷 まず、この本に収められて
-
『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は
-
『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文
『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷 木原音瀬著 「罪の
-
『勁草』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『勁草』黒川 博行 徳間書店 2015年6月30日初版 遺産を目当てに、67歳の女が言葉巧みに老