『勁草』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『勁草』黒川 博行 徳間書店 2015年6月30日初版


勁草 (文芸書)

 

遺産を目当てに、67歳の女が言葉巧みに老いた独身男に言い寄って、懇ろになったと思いきや、次から次へと毒殺してしまう-京都府向日市で起きた連続変死事件を、まるでそっくり予言したような小説『後妻業』の次は、巷に蔓延る「オレオレ詐欺」の話です。

捜査に当たるのは、大阪府警特殊詐欺合同特別捜査班の面々。「合同」と名が付く通り、この組織は刑事部捜査二課と生活安全課、捜査四課の混成部隊です。今回主に活躍するのは湯川と佐竹の2人の刑事。湯川は生安、佐竹は四課から特別班に配属された刑事です。

湯川はデブで、背は170に足りませんが、90キロを超える巨漢です。暑苦しいのですが、童顔で人懐っこいから訊込みが巧くて、こわもてで無口な佐竹の相棒にはうってつけの人物です。言うまでもありませんが2人は大阪育ち、「コテコテ」の関西人です。
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よくもこれだけの人間が騙されるものだと思ってしまうくらい、連日新聞やテレビで報道される「オレオレ詐欺」ですので、どんな犯罪かを説明する必要はないと思います。

しかし「オレオレ詐欺」の場合、捕まった犯人は往々にしてただの使い走りで、真の犯人、つまり首謀者は決して表に出ることはなく、また首謀者と実行犯の間には多くの〈関係者〉がいることを世間の人がよく知っているとは言えません。まず、「オレオレ詐欺」を構成する〈関係者〉とその役割から説明することにしましょう。

「出し子」・・・振り込ませた金融機関から現金を引き出す役目の人物。
「受け子」・・・被害者に接触して現金を受け取る役目の人物。
「掛け子」・・・電話をかけて騙す役目の人物。
「番頭」・・・・「掛け子」の管理をしている人物。
「見張り」・・・「出し子」と「受け子」が現金を持って逃走するのを防止する人物。
「リクルーター」・・・「出し子」と「受け子」をスカウトする人物。
「道具屋」・・・詐欺に使う飛ばし携帯、架空名義の銀行口座や印鑑を調達する人物。
「名簿屋」・・・標的候補の資産、家族構成、家庭環境までをも事細かに調べ上げ、「騙し」のリストのデータベースを作り上げる人物。

実に細かく役割が分別されています。そして、ほとんど互いが互いの存在を知りません。末端の「出し子」や「受け子」に至っては、そもそも事件の背景すら知らされていないことが多く、行けと言われたから行っただけ、受け取るように言われたから受け取ったまでのこと。時として、犯罪行為に加担しているという自覚さえないのです。
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次は、今回登場する悪人の紹介。まずは、高城政司という男。高城はNPO法人「大阪ふれあい運動事業推進協議会」を隠れ蓑にして生活困窮者を食い物にし、また〈西成銀座〉にあるアパート「ふれあい荘」の住人を受け子にしてオレオレ詐欺に加担している悪党です。

元をただせば高城は「名簿屋」で、受け子を差配して詐欺グループとの仲介役を務めています。高城の下には橋岡恒彦(33)と矢代穣(22)がいて、ふれあい荘の住人である宇佐美知隆(51)や上坂健三(53)らを仕切って騙した現金の受取りに使っています。

特別捜査班がそれらを調べ上げている最中に、また新たな事件が起こります。高城の動きを見張る湯川と佐竹が、偶然に現金の受け渡し現場を目撃します。幸いにもまだ高城らの手に現金は渡っていません。上坂が宅配便で送ろうとしたところを押収して、府警へ持ち帰る途中です。

捜査の焦点は、現段階で判明している関係者を一斉検挙してNPO法人の事務所とふれあい荘を家宅捜査し、供述をとって掛け子グループに遡及させるべきか、あるいは今しばらく泳がせて次の受取り機会を待つべきかにあります。班長の日野が、各自の意見を求めます。
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この小説が本当に面白くなるのは、この後の展開です。わが身のすぐ近くにまで捜査の手が及んでいるのを知ってか知らずか、橋岡と矢代は暇を見つけて博打場へ出かけて行きます。矢代が先輩格の橋岡を誘った先は、ヤクザの白燿会が胴元の賽本引きの賭場です。

案の定、矢代は大負けします。橋岡から借りた金もスッた挙句に250万円もの借金を抱え込みます。利息はトイチ、貸主はヤクザの白燿会。いくら胴元とは言え、本来そんな大金を客に貸すことはありません。矢代は、断りなしに橋岡を連帯保証人に仕立てています。

橋岡は、前歴1回、前科1犯。矢代は、詐欺とその他で実刑を受け、現在は仮釈中。ハンパ者で、共に高城に拾われた身です。しかし、高城を慕っているわけではありません。小遣い程度の報酬でいいように人を使う高城を、2人はむしろ怨んでいます。

特に若い矢代は場当たり的で、興奮すると前後の見境を失くしてしまうような男です。矢代が暴走しかけると、知恵の回る橋岡が宥めて抑え込む。2人はそんな関係です。

たまたま連れて行かれた賭場で謂れのない保証人にさせられたばかりに、橋岡は腐れの矢代と別れることができません。このあと、借金の返済に何の目途もない矢代は、その場の勢いで高城を殺してしまいます。橋岡は矢代の暴挙に唖然とし、なす術がありません。

高城の莫大な資産が、あとに残ります。銀行預金で、8,150万円。証券会社の残高が、1億6,800万円余り。合計で2億5,000万円という途方もない大金です。いかなヘタレのハンパ者でも、これを放っておくほど2人はお人好しではありません。彼らは、銀行と証券会社から何とか現金を引き出そうと、「無いアタマ」を捻って、あの手この手を考えます。

しかし、それは高木が死んだ少し後のこと。彼らは、まず、高城を埋める場所を探します。ビニールシートで死体を簀巻きにし、それを高城のベンツに運び入れ、2人は人里離れた南河内の山あいを目指します。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


勁草 (文芸書)

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。
スーパーの社員、高校の美術教師を経て、専業作家。無類のギャンブル好き。

作品 「二度のお別れ」「左手首」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「カウント・プラン」「絵が殺した」「疫病神」「国境」「悪果」「文福茶釜」「暗礁」「螻蛄」「破門」「後妻業」他多数

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