『ヒーローインタビュー』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『ヒーローインタビュー』(坂井希久子), 作家別(さ行), 坂井希久子, 書評(は行)
『ヒーローインタビュー』坂井 希久子 角川春樹事務所 2015年6月18日初版
「坂井希久子」で検索をかけて、出てきた画像を見て驚いた。いきなりSM嬢のごとく鞭を持って、露わな姿でこちらを見つめる女性の写真が現れた。これは何かの間違いではないかと、他の「ふつう」の写真を何度も見返したけれど、やっぱりこれが「坂井希久子」その人らしい。
今度は慌ててWikiを見たら、「小説家」の次に、わざわざ重ねて「官能小説家」と書いてある。ここらでやっと、ああ間違いないのだなと一応納得したのですが、何せ、この『ヒーローインタビュー』という小説を読んで受けた印象からは、まったく予想もしなかったことなので、正直ちょっとたまげてしまいました。
が、要らぬ先入観は妨げのもと。今回は、初めて読んだこの本の感想に徹することと致します。これは官能小説ではありません。正真正銘の「感動小説」です。その上、相当面白い話なのです。
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少し長くなりますが、まあ書出しを読んでみてください。ワクワクするような、「はじまり」です。
彼について語る者は多くない。
彼は2001年から2010年までの間、日本プロ野球界に野手として在籍していた。だが一度としてタイトルを手にしたことはなく、ヒーローインタビューのお立ち台に上がったこともなければ、病気の子供のためにホームランを打ちもしなかった。在籍期間を通して背番号は55。ピンボールのように一軍と二軍を行ったり来たり。むしろ「二軍の帝王」と渾名されるほど、一軍では見どころのない選手だった。
間違っても伝記が書かれるような男ではない。だから彼のことはあまり語られない。だが彼について語るところのある者にとって、彼はまぎれもなく英雄(ヒーロー)だった。
「腐っても鯛」ではないですが、彼は言ってもプロになった人物です。並みの才能ではなかったのです。しかし、残念ながらその才能が開花せぬまま、プロ野球界を去ることになります。
とても哀しくて、辛いことです。なまじ期待され続けていたからこそ、辛さは計ることができません。何より彼は純粋で、驕るということがありません。日の目を見ない間も努力を惜しまず、鍛錬に励みます。身近でそれを知る人たちは、だから期待し続けたのです。
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英雄(ヒーロー)の名前は、仁藤全と書いて「にとうあきら」と読みます。「全」を「あきら」とは読まず、人は彼のことを「ゼンさん」と呼びます。球界の関係者は、彼の仕事ぶりに皮肉を込めて「ゼンゼン」と呼んだりもします。
彼は高校時代に42本の本塁打を放ち、阪神タイガースに8位指名で入団します。しかし、入団後は期待に反して伸び悩み、結果10年間で171試合に出場、通算打率2割6分7厘、わずか8本塁打という成績に終わります。
球界では注目されることなく引退するゼンさんですが、当然のことながら、彼には彼にしかない人生があり、これまでの道程があります。それを一冊の本にしようと考えた人物がいます。その人物は、ゼンさんをよく知る人たちを訪ねて、インタビューをします。
彼らには、一つの共通点があります。それは、彼らの誰もにとって、ゼンさんがかけがえのない英雄(ヒーロー)だということです。その、自分たちの「英雄(ヒーロー)」についてインタビューを受ける--だから、タイトルは『ヒーローインタビュー』なのです。
インタビューの「受け手」となる面々をご紹介しましょう。
〈庄司仁恵〉・・・ゼンさん行きつけの理容店の店員。後にゼンさんの恋人になります。
〈宮澤秋人〉・・・ゼンさんをプロに誘ったスカウトマン。現在は歳を取り嘱託の身分です。
〈佐竹一輝〉・・・阪神のルーキーで鳴り物入りのスター投手。なぜかゼンさんとは気が合います。
〈山村昌司〉・・・中日ドラゴンズのベテラン投手。ゼンさんとは不思議な因縁で結ばれています。
〈鶴田平〉・・・ゼンさんの出身である尼崎市立中央高等学校、略してアマコーの野球部時代の友人。もう一人の友人・菅原尚人、通称スガがショートで、平がキャッチャー、ゼンさんはファーストで4番でした。平には、ゼンさんをこよなく愛するオトンがいます。
誰の話が一番面白いかって? まあまあ、そう慌てずに。そこは、きっちり自分で読んでご判断ください。本当に甲乙つけ難いのです。敢えて言うなら、私なら、ということでしたら、友人の平君・・・、のオトンが一番好きになりました。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆坂井 希久子
1977年和歌山県生まれ。
同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。
作品 「虫のいどころ」「ウィメンズマラソン」「虹猫喫茶店」「ただいまが、聞こえない」「泣いたらあかんで通天閣」「羊くんと踊れば」「こじれたふたり」他
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