『たまさか人形堂ものがたり』(津原泰水)_書評という名の読書感想文
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『たまさか人形堂ものがたり』(津原泰水), 作家別(た行), 書評(た行), 津原泰水
『たまさか人形堂ものがたり』津原 泰水 創元推理文庫 2022年4月28日初版
人形修復店の謎解き譚 - 人形を修復することは、ひとの心を治すこと。人形修復を請け負う小さな店の素人店主と優秀な職人たちが出会う不可思議な謎
会社をリストラされ突如無職となった澪は、かつて祖母が営んでいた小さな人形店を継ぐことにした。人形マニアの青年・冨永と謎多き職人・師村の助けを得て、素人なりに、人形修復を主軸にどうにか店を営んでいる - 店に持ちこまれる、様々な来歴をもつ人形や縫いぐるみを通して人の心の謎を描く、珠玉のミステリ連作集。特別書き下ろし短編 「回想ジャンクション」 を収録する。(創元推理文庫)
私は、津原泰水という作家のことを大して知っているわけではありません。たしか読んだのは 『11 eleven』 と 『綺譚集』 の二冊だけだと思います。特に読みたいと思う本がない中で、思いつきのように買ってみただけのことでした。
今回 『たまさか人形堂ものがたり』 を読んで驚いたのは、私が勝手にイメージしていた津原泰水の小説とはまるで異なる作風だったからです。ちょっと妖しい、”アブナイ” 話を専門に書く人だとばかり思っていました。
ところが、幻想小説、怪奇小説、推理小説、SF小説、青春小説、恋愛小説、少女小説・・・・・・・と、あらゆるジャンルの小説を、文体を変え表現を変え、自在に書き分けて有名な作家さんだと (遅まきながら) 初めて知りました。
津原さんの物語は、読んだあと、うなだれて 「読まなきゃよかった」 と思うことがある。自分では、物語をここまで精密に書けない、という事実に打ちひしがれるからだ。
*
おだやかで、静か。軽やかで、それでいてなんとも深い情感の物語。文章が淡麗であること、人物が魅力的であること、豊かな知識に基づいていること、強い興奮を覚えるような、ドラマチックな展開があること。でもそれらはみんな言わずもがなで、特筆するまでもない。充分な期待をして、心のままに、楽しんで欲しい。そして、「この本よかったね」 と誰かと指をさして話して欲しい。
わたしもきっとそう言うことだろう。「この本すごくよかった」 だって、「優しい話だったから」 と。
作家としてのわたしは 「優しいだけの話なんて」 と思ってしまう、ことがある。そんな、毒にも薬にもならない物語で、癒されたりなんかしたくない、って。でも、本当は、物語のもつ優しさって、そういうことじゃないのだ。
この物語には様々な人形が出てくるし、その人形達にはみな傷や不具合があり、人形堂に持ち込まれる。それだけで、感情であり物語だ。そして、登場人物達は皆、その人形を直そうとする。ひとが、ひとに、そうしようとするように。優しい話であり、救いがある。けれどそれ以上に、誰かに、何かに優しくしたいと求める物語なのだ。(紅玉いづき/解説より)
たまさか人形堂の、店主の澪さん。そこで働く、職人の師村さんと冨永くん。この三人の取り合わせが絶妙で気持ちいいのが一番のお勧めで、深刻ぶらず軽妙で、驕るそぶりが微塵もありません。三人は、持ち込まれた人形やその修復依頼などを通し、読み手である我々に - 誰かに優しくすることは、時に、恋をするよりも難しい - ことを教えてくれます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆津原 泰水
1964年広島県広島市生まれ。
青山学院大学国際政治経済学部卒業。
作品 「蘆屋家の崩壊」「ルピナス探偵団の当惑」「赤い竪琴」「ブラバン」「11 eleven」「ルピナス探偵団の憂愁」他多数
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