『ゆれる』(西川美和)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ゆれる』(西川美和), 作家別(な行), 書評(や行), 西川美和

『ゆれる』西川 美和 文春文庫 2012年8月10日第一刷

故郷の田舎町を嫌い都会へと飛び出した勝ち気な弟・猛と、実家にとどまり家業を継いだ温厚な兄・稔。対照的な二人の関わりは、猛の幼なじみである智恵子の死をかっかけに大きく揺らぎはじめる。2006年に公開され数々の映画賞を受賞した同名映画を監督自らが初めて小説化。文学の世界でも大きな評価を受けた。(文春文庫解説より)

映画が先にあり、そのあとで小説が書かれた、いわゆるノベライズ本です。映画監督である西川美和にとって初めての小説であり、第20回三島由紀夫賞の候補となった小説でもあります。

映画と小説 - どちらも分け隔てなく素晴らしい、ぜひ観て欲しい、ぜひ読んで欲しいと思う作品です。おそらく映画を観たという人の方が多いのではないでしょうか。映画を観た人は胸が詰まっただろうし、おそらく泣いただろうと思います。

日本のどこかの片田舎に生まれ、都会ではまず味わうことのない閉塞感や窮屈さを身をもって経験した人、あるいは今まさにそんな暮らしをしているという人なら尚のこと。自らの来し方に照らし合わせては、家族や血縁の深さを思って涙する物語です。
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小説は八章からなり、各章ごとに登場人物のそれぞれが、ひとりひとりの視点で物語を語るという構図になっています。考え抜かれた末だと思いますが、これが全体を俯瞰するのに大変わかりやすく、また、取り沙汰される出来事と当事者らが抱く心象との違いを鮮やかに浮かび上がらせています。

登場人物は極めてシンプル。順を追って紹介して行きますと、まずはメインとなる早川家の家族。早川家の生業は小さなガソリンスタンドの経営で、元は炭屋だったものを時流をみた先代がスタンドに変えて、それを継いだのが現在の店主、早川勇です。

勇の二人の息子が、稔と猛(タケシではなく「タケル」と読みます)。長男の稔は家業を継いで、弟の猛は早くに東京へ出てカメラマンをしています。稔はいたって温厚な性格、猛は勝ち気で、欲しいものは人を出し抜いてでも手に入れてしまうようなところがあります。

川端智恵子は、二人がよく知る幼なじみ。歳の差もあって猛により近く、智恵子にとって稔は少し歳の離れた大人の男です。彼女と猛は、昔身体の関係を持ったことがあります。単に遊びだった猛に対して、智恵子はそれが忘れられず、稔はそのことを知りません。

勤めていた会社が倒産した後、智恵子は早川のガソリンスタンドで働いています。そこでアルバイトをしているのが岡島洋平という若者です。そしてもう一人、勇の兄であり、弁護士になっている早川修。修は、後に被告人となる稔の弁護を引き受けることになります。
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物語は、売れっ子カメラマンとして東京で活躍している猛が、母親の一周忌で帰省するところから始まります。実家のガソリンスタンドを継いだ独身の兄の稔や、そこで働く幼なじみの智恵子と再会し、3人で近くにある蓮美渓谷へ遊びに行くことになります。

稔と智恵子は、渓谷にかかる吊り橋の上にいます。猛はこの時吊り橋の向こう側の川縁にいて、一人で思い思いに写真を撮っています。思いもよらぬ悲劇が起こったのは、ちょうどそんなときのことです。後日開かれた裁判記録に即して言うと、こんな風になります。

被告人は、平成17年10月2日午後2時頃、〇〇県樋川町蓮美5番10号所在の吊り橋(高さ15メートル)において、被告人の前を歩く川端智恵子(当時28年)を支えようとして同女の肩に手を置いたところ、その手を邪険に振り払われたため激昂し、殺意をもって同女の肩を両手で突いて転落させ、よって、その頃同所において、同女を溺死させて殺害したものである。(以下、略)

以上のような起訴事実をもとに、稔は殺人罪に問われることになります。稔の自白は起訴事実とほぼ一致しており、逮捕直後も一貫して自白内容を変えようとはしません。稔は進んで自分の罪を認めたのです。ところが、これが事をややこしくします。

自分の意思で殺したのだと稔が自白したのは、実は警察の実況検分が終わり、結果「事故」だと断定された後のことだったのです。罪に問われることのない中で、わざわざ自分が罪を犯しましたと、稔は言い出したのです。

その事をして猛は、警察の取調べの過程で課せられた精神的重圧が、川端智恵子の死に対する稔の責任意識を刺激してなされた虚偽の自白であり、あくまでも事実は単なる「転落事故」である、と主張します。それが為の弁護をするのが、勇の兄である修です。

裁判の経緯は、敢えて書かずにおきます。途中には、稔と猛以外のもう一組の兄弟の話、父親の勇とその兄である修との確執などが語られる場面もあります。

時代こそ違え、そこには親兄弟として切り離そうとして離せない確かな何かが存在し、しかし、無理にもそれを断ち切らなければ前には進めない、それぞれの事情というものもまた、確かにあることが分かります。

物語の終わりは、始まりよりもむしろ哀しみが増すようで胸が苦しくなります。第八章は、「岡島洋平のかたり」で閉じられています。彼が見た最後の景色を、ぜひみなさんにも見届けて欲しいと思います。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆西川 美和
1974年広島県広島市安佐南区生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業。映画監督、脚本家。

作品 「蛇イチゴ」「その日東京駅五時二十五分発」「ユメ十夜」「ディア・ドクター」「そして父になる」「きのうの神さま」「永い言い訳」他

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