『さくら』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/06/29 『さくら』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(さ行), 西加奈子

『さくら』西 加奈子 小学館 2005年3月20日初版


さくら (小学館文庫)

 

「この体で、また年を越すのが辛いです。ギブアップ」

紙切れにそう書き残して、一(はじめ)兄ちゃんは公園で首を吊って死んでしまいます。続いて葬儀の場面があるのですが、50歳をとうに過ぎた私は不覚にもここで泣いてしまいました。・・・いや、こんな年齢になったからこそ、涙が出たのかも知れません。
・・・・・・・・・・
「年末、家に帰ります。おとうさん」-家出した父・昭夫から手紙を受け取り、薫が帰省したのは大晦日の前日でした。昭夫が家を出たのは3年前、長男の一が自殺した後のことでした。物語は、長谷川家の次男・薫が語り手となって進んで行きます。

「はじまりの章」では、まず一家が紹介されます。長谷川家は両親、長男の一、次男の薫、末娘のミキ、おばあちゃんの6人家族、それと一匹の飼い犬・サクラがいる、ごく普通の家族です。第二章以降で語られる、家族の物語の序章です。

第二章から第四章までは、一の事故以前の長谷川家、一の事故と自殺が語られるのは第五章以降、物語の終盤になります。一の死を境に長谷川家の様子は一変します。『さくら』は、灯が消えて今にも崩れ落ちそうな長谷川家が、時を経て、新たに再生へと向かう物語です。
・・・・・・・・・・
長男の一(はじめ)は爽やかなイケメン、格好良く小学校の頃から女子の注目を独り占めするような少年です。次男の薫は、兄の一に隠れてやや大人しく控え目な男子。妹のミキは美形ですが、とんでもない乱暴者。薫とミキにとり、一は自慢で憧れの兄でした。

父親は運送会社の誘導係、チェスや読書を好む物静かで優し気な男性です。母親は陽気で、太陽のような女性。3人の孫をこよなく愛するおばあちゃんと愛犬のサクラ。おばあちゃんは物語の途中で亡くなり、サクラの登場は第三章からになります。

タイトルが示す通り、桜の花びらがきっかけで”サクラ”と名付けられた、一匹の雌犬がこの小説の主人公だと思いがちですが、私はどうもそうではないように感じるのです。もちろんサクラは重要な”登場人物”ですが、何と言っても主役は一であり、ミキだと思うのです。

主役の一人が一(はじめ)だと思うのは、彼の死よりもむしろ彼が事故に遭うまでの少年時代、同級生や取り巻きだけでなく、彼が長谷川家にあっても揺るぎないヒーローだった頃の姿が、いかにも鮮やかに描き出されているからです。

結果として一は不慮の事故に遭い、顔半分が変形して下半身が麻痺した自分に耐えられず、20歳4ヶ月の短い生涯を自ら閉じるのですが、これは明らかに、著者が仕組んだものです。西加奈子は長谷川家に、家族の全員を奈落の底へ突き落す、最も惨い試練を与えます。

もう一人の主役、末娘のミキは男勝りで乱暴で、気に喰わない子がいると平気でグーで殴り飛ばしたりします。見た目はとびきり美人なのですが、本人がそれを自覚している気配はありません。高校生になって初めて仲良くなった薫も、”男らしい性格”の女子でした。想いを寄せる男子を、袖にするばかりのミキです。

(サキフミはさんは、父・昭夫の同級生。サキフミさんにとって、昭夫はお金を融通してくれた恩人です。彼はオカマになって、普段はサキコと名乗っています。)
一の葬儀の日、悔みに訪れたサキフミさんがゆっくりとお辞儀をしているとき、ミキは大きな音をたてて小便を漏らします。焼香をばくばく食べたり、棺を勝手に閉めたりと好き勝手に振る舞います。見かねたサキフミさんに手を引かれ、二人は斎場を出て行くのですが、私が不意に涙ぐんだのはこの場面でした。

家族の誰もが一を愛し、愛した者を失くした悲しみに茫然自失となります。父の昭夫は3年もの間家を空け、母は過食と飲酒で太り続け、薫は家を離れます。しかし、誰よりも深く悲しみ、抜け殻になったのはミキでした。ミキは、世界の誰よりも兄の一が好きだったのです。

残念ながら、サクラの印象は最後になります。ことあるごとに長谷川家の人々と絡み、特にラストでは死んだ一に代わる長谷川家の幸せの象徴として、重要な場面が用意されています。しかし、やっぱりサクラは主役ではないと思うのです。

私には、どうしてもサクラ無しではこの物語が成立しない、という特段の事情を見つけることができません。サクラは長谷川家の潤滑油として申し分のない存在ですが、他を押し退けてまで自らの存在をアピールするような、そんな強い個性ではありません。

本来輝くべき人物たちがさらに輝きを増す、サクラはそのための脇役だと思う方が自然に感じるのです。誤解のないように書き添えますが、サクラを蔑ろに思うのではありません。サクラの存在が霞むくらいに、一やミキの個性がさらに鮮やかに輝いて描かれていると感じるからなのです。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


さくら (小学館文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「ふくわらい」「サラバ!」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『生存者ゼロ』(安生正)_書評という名の読書感想文

『生存者ゼロ』安生 正 宝島社文庫 2014年2月20日第一刷 生存者ゼロ (宝島社文庫 『こ

記事を読む

『悪と仮面のルール』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『悪と仮面のルール』中村 文則 講談社文庫 2013年10月16日第一刷 悪と仮面のルール (

記事を読む

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』中山 七里 講談社文庫 2013年11月15日第一刷 贖罪の奏鳴曲

記事を読む

『さみしくなったら名前を呼んで』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『さみしくなったら名前を呼んで』山内 マリコ 幻冬舎 2014年9月20日第一刷 さみしくなっ

記事を読む

『作家的覚書』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『作家的覚書』高村 薫 岩波新書 2017年4月20日第一刷 作家的覚書 (岩波新書) 「図

記事を読む

『それを愛とまちがえるから』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『それを愛とまちがえるから』井上 荒野 中公文庫 2016年3月25日初版 それを愛とまちがえ

記事を読む

『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 しろいろ

記事を読む

『想像ラジオ』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『想像ラジオ』いとう せいこう 河出文庫 2015年3月11日初版 想像ラジオ (河出文庫)

記事を読む

『西の魔女が死んだ』(梨木香歩)_書評という名の読書感想文

『西の魔女が死んだ』梨木 香歩 新潮文庫 2001年8月1日初版 西の魔女が死んだ (新潮文庫

記事を読む

『純喫茶』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文

『純喫茶』姫野 カオルコ PHP文芸文庫 2016年3月22日第一刷 純喫茶 (PHP文芸文庫

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『老後の資金がありません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『老後の資金がありません』垣谷 美雨 中公文庫 2018年3月25日初

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15

『ラメルノエリキサ』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『ラメルノエリキサ』渡辺 優 集英社文庫 2018年2月25日第一刷

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷

『虹』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『虹』周防 柳 集英社文庫 2018年3月25日第一刷 虹 (集

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑