『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その1)
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『新宿鮫』(大沢在昌), 書評(さ行)
『新宿鮫』(その1)大沢 在昌 光文社(カッパ・ノベルス) 1990年9月25日初版
大沢在昌が好きである。
『新宿鮫』を初めて読んだのはもう随分昔のことですが、2011年にはシリーズの第10作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』が刊行されています。人気の衰えない長編ハードボイルド小説なのです。
以前にも書きましたが、高村薫の「合田雄一郎」、逢坂剛の「倉木尚武」、そして大沢在昌の「鮫島」、この3名は警察小説における私にとってのベストヒーローなのです。
彼らが登場する新刊を待ちかねて、空いた時間を埋めるために別の本を読んでいたような時期がずっと続いていました。
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大沢在昌にとってのハードボイルドとは、「惻隠の情」であり、「傍観者のセンチメンタリズム」である、と本人が語っています。
自らの生き方を貫いて、いかなる犠牲を払ってでも闘いから逃げることはありません。言い訳をせず、見返りを求めません。黙して語らないのです。
主人公が安全地帯にいることはなく、ぎりぎりのところで示す優しさや思いやりが胸を打ちます。
鮫島は組織のお荷物で、どこまでも報われません。24歳で警部補、25歳で警部に昇進したキャリア組ですが、わけあって36歳の現在も警部のままです。
警視庁勤務を外され新宿署へ異動していますが、本来の職位は無視され防犯係の一刑事に成り下がっています。
警察組織にいる限り鮫島に明るい将来はなく、逆に隙あらば失職しかねない危うい立場です。
捜査はいつも単独、危険人物と一緒に捜査をしようという同僚はいません。鮫島は組織のアウトサイダーで、完全に浮いた存在でした。
署内の誰もが腫物に触るように鮫島と接し、なるだけ関わり合いになるのを避けています。それは鮫島がキャリア制度のおちこぼれであるからだけでなく、日本の警察機構そのものに反逆した警察官であることを、皆が薄々勘づいているからでした。
新宿署防犯課に在籍する三年間で、鮫島は記録的な重要犯罪犯検挙率を生み出します。
そして、追われる側からは、音もなく近づき、不意に襲いかかってくる新宿署の一匹狼刑事への恐怖をこめて「新宿鮫」という渾名が鮫島につけられたのでした。
ロックバンド『フーズ・ハニー』のボーカル・晶(しょう)..鮫島が晶と知り合ったのは、トルエンの卸しグループを追っているときでした。
売人の少年がヤクザに刺されるという事件が発端で、グループのリーダ格・克次の行方を捜すなかで、鮫島は克次の恋人・秋月美加に会おうとして晶のアパートを訪れたのでした。
克次と晶はバンド仲間、美加と晶は親しい友人でした。ライブハウスで克次をヤクザから救い出した翌日、鮫島は晶のアパートを再び訪ねます。
歌詞作りに苦心する晶に何気なく助言する鮫島。鮫島は、晶のライブへ行くことを約束します。
およそ警察官の恋人らしくない晶ですが、彼女が、鮫島の孤独な闘いの傷を癒してくれる唯一の存在になるまでに、さほどの時間はかかりません。
小説の前半は、後に新宿のラブホテル街で発生する警官射殺事件の背景として、鮫島が木津という男を捜している場面から始まります。
途中に22歳のロック・シンガー・晶との出会いを挟んで、鮫島がなぜ現在のような境遇に据え置かれているのかが詳細に語られます。
それは、警察という巨大な権力組織を敵に回しながら、なおもその組織に留まり続ける鮫島にとっては抗えない悲劇としか言えないものでした。
長く続くシリーズの原点です。孤高の刑事「新宿鮫」が誕生した背景をしかとご確認ください。
小説の後半、警官射殺事件に深く絡む木津という男の正体と射殺事件の行方は、改めて『新宿鮫』(その2)をお読みいただけると幸いです。
書評その2へ→『新宿鮫』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文(その2)
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◆大沢 在昌
1956年愛知県名古屋市生まれ。
慶應義塾大学法学部中退。文化学院創作コース中退。
作品 「感傷の街角」「深夜曲馬団」「新宿鮫 無間人形」「心では重すぎる」「パンドラ・アイランド」「狼花 新宿鮫IX」「海と月の迷路」他多数
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