『颶風の王』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
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『颶風の王』(河﨑秋子), 作家別(か行), 書評(か行), 河﨑秋子
『颶風の王』河﨑 秋子 角川文庫 2024年1月25日 8刷発行
新・直木賞作家の話題作 三浦綾子文学賞・JRA賞馬事文化賞受賞作品
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2024/02/915SK4tmlSL._AC_UL320_.jpg)
明治の世。新天地・北海道を目指す捨造は道中母からの手紙を開く - 駆け落ち相手を殺されて単身馬で逃亡し、雪崩に遭いながらも馬を喰らって生き延び、胎内の捨造を守りきった壮絶な人生 - やがて根室に住み着いた捨造とその子孫たちは、馬と共に生きる道を選んだ。そして平成、大学生のひかりは祖母から受け継いだ先祖の手紙を読み、ある決意をする。6世代にわたる馬とヒトの交感を描いた、生命の年代記。 解説・豊﨑由美 (角川文庫)
はじめて読んだのが 『肉弾』 で、次が 『鯨の岬』。三冊目に 『土に贖う』 を読んだとき、「見つけた」 と思いました。読みたかったのは、こんな本なんだと。
2015年8月30日、小説家同士のトークイベントを聴くために札幌にいた。打ち上げの席にお邪魔させてもらったのだが、やがて、少し離れた席についていた見知らぬ女性に目がとまった。ポニーテール風、というよりはひっつめ頭的に適当にまとめたヘアスタイル、Tシャツとパンツ姿に首からはタオルを下げた、洒落っ気皆無のスタイル。日焼けした筋肉質の身体つきと、強い眼差し。文系イベントの打ち上げの席ではあまりお目にかからない面構えのいい女性で気になったので、隣席の知人に 「あれは誰か」 と訊ねたら、「『颶風の王』 という作品で三浦綾子文学賞を受賞した新人作家で、普段は北海道東端の別海町で羊飼いをしながら小説を書いてる」 「今日ここに来る前、北海道マラソンを走ってきたみたい」 という答えが返ってきたものだから、思わず 「羊飼いぃ~っ? 」 「マラソォンン~ッ? 」 と素っ頓狂な声を上げたことを、今も鮮明に思い出すことができる。
帰京して、すぐ、『颶風の王』 を買った。読んだ。驚嘆した。
Ж
馬に命を救われたミネ。馬によって命を与えられた捨造。自分が救い出すことができなかった馬に心を残し続ける和子。最後の一頭となった馬との対面によって、大きな視野を得るひかり。豊かで美しいだけではない、厳しく残酷な貌も持ち合わせる東北や北海道の自然を背景に、人と馬の百二十年余りの時間を、原稿用紙わずか四百枚弱で描ききった力量に感服。ベタついた動物愛護精神とはかけはなれた心持で、馬という生きものの魅力を伸びやかに伝える闊達な文章に感嘆。三年前の夏に見かけた面構えのいい女性は、面構えのいい小説を書く作家だったのだ。(解説より)
※自然の脅威を前に、生きとし生けるすべてのものは為す術がありません。受け入れ、受け流し、耐え難きを耐える以外にできることはありません。捨造の母・ミネと夫吉治の愛馬・アオもまた、それは百も承知であったろうと。
ただ、だからといって、漫然と死を待つわけにはいきません。ミネの腹には捨造がおり、何としてでも生きねばならぬ - ミネは、そしておそらくアオも、同じ思いでいたのでしょう。
ミネはアオに、草の代わりに自分の髪の毛を切り与え、腕を真一文字に切り裂いて、(塩の代わりに) 血を吸えと差し出すと、アオはミネが己の肉を切り分けながら喰らうのを、逃げもせず、ただじっと堪えたのでした。
極限の状況下、人と馬とは互いが互いを想い、命を与え、命を繋ぎ止めようと藻掻きます。そのギリギリの、圧倒的なリアリティー。その凄まじさは、他に類を見ません。
この本を読んでみてください係数 85/100
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◆河﨑 秋子
1979年北海道別海町生まれ。
北海学園大学経済学部卒業。
作品 「肉弾」「土に贖う」「鯨の岬」「鳩護」「絞め殺しの樹」「清浄島」「ともぐい」他
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