『ビオレタ』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『ビオレタ』(寺地はるな), 作家別(た行), 寺地はるな, 書評(は行)

『ビオレタ』寺地 はるな ポプラ文庫 2017年4月5日第1刷

何歳までに結婚 みたいなのって、くだらねぇよな! と思いながら書きました」(著者より)

婚約者から突然別れを告げられた田中妙は、ひょんなことから雑貨屋 「ビオレタ」 で働くことになる。そこは 「棺桶」 なる美しい箱を売る、少々風変わりな店だった・・・・・・・。
人生を自分の足で歩くことの豊かさをユーモラスに描き出す、心にしみる物語。第4回ポプラ社小説新人賞受賞、最注目作家・鮮烈のデビュー作。(ポプラ文庫)

道端で泣くのはやめなさい。泣くのは結構。大いに結構。だけどこんな雨の日に道端にしゃがんで泣くような、そんな惨めったらしい真似はやめなさい。他人に見せつけるような泣きかたをするのはやめなさい。不幸な自分に酔うのはやめなさい。それからそんな風に哀れな子犬のような目でこっちを見るのはやめなさい。

その女の人は一息にそう言うと、猫の首を持ちあげる要領でわたしの襟を摑み、立ちあがらせた。わたしはなにがなにやらわからぬまま、憤怒の形相で立っている相手を見あげていた。雨だか涙だかわからないものが頬をぬるく伝う。

来なさい
身長百七十センチほどもある長身のその女の人は、百五十センチのわたしをずるずる引き摺るようにして、自分の家まで連れていった。黒い傘をさしていて、わたしには一切傘を向けることもなく真っ直ぐに前を向いて歩いていく。
・・・・・・・・・・・・・・
まずいでしょう、それ
オレンジジュースの缶を振りながら、にやと笑い、それからわたしの名前は北村菫です と英文和訳のような喋りかたで自己紹介をした。

そもそも、なんであんなところで泣いてたの、あなたは
謎の液体のあまりのまずさに悶絶しているわたしを見おろして、菫さんが尋ねてきた。両の拳はぎゅっと握られており、仁王立ちとはこういう状態を言うのだ、とぼんやり思った。それほどに菫さんの姿は迫力に満ちていたのである。
婚約破棄。泣いていた理由は、このように一言で簡潔に説明できる。
・・・・・・・・・・・・・・
ええと、泣いていた理由については以上です
おわかりいただけましたでしょうか、という意味を込めて、わたしは菫さんを見あげた。

わからない
無理だと思いつつ体裁を気にしてそのまま結婚されるより良かったのではないか、結婚と離婚というのは手続きその他が非常に面倒なものである、聞く限りどうやら彼の言う無理というのは 結婚が無理であるということなのに、なぜあなたは自分の存在そのものを 無理と否定されたかのように泣いていたのか、という点がどうしてもわからないので詳しく説明を願う、というようなことを菫さんは言った。

詳しい説明、と言われても
菫さんは頬に手をあてて、なにか考えている様子だった。
まあそれは、そのうちわかるかもしれないし。だから、ここで、この店で働きなさい
なぜこの人とわたしとが、わかり合う必要があるのだろうか。というか、店?
そう言われて、あらためて部屋を見渡した。

どうする?

働く?
その言いかたはほとんど詰問に近かった。お店はかわいい。この人は怖い。かわいいと怖いの板挟みになったわたしは、気づけばあっ、はいと答えてしまっていた。
それが、わたしと菫さんの出会いだ。
いまから、半年前のことだ。(本文より/途中途中を割愛しています)

※ビオレタは菫を意味するスペイン語。菫の父がひとり娘に因んで名付けたらしい。有限会社ビオレタ。いかにも安直な発想ではある。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。

作品 「ミナトホテルの裏庭には」「夜が暗いとはかぎらない」「大人は泣かないと思っていた」「わたしの良い子」「水を縫う」「正しい愛と理想の息子」他

関連記事

『人のセックスを笑うな』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文

『人のセックスを笑うな』山崎 ナオコーラ 河出書房新社 2004年11月30日初版 著者が2

記事を読む

『ババヤガの夜』(王谷晶)_書評という名の読書感想文

『ババヤガの夜』王谷 晶 河出文庫 2025年5月8日 10刷発行 日本人作家初! 世界最高

記事を読む

『百年泥』(石井遊佳)_書評という名の読書感想文

『百年泥』石井 遊佳 新潮文庫 2020年8月1日発行 豪雨が続いて百年に一度の洪

記事を読む

『徴産制 (ちょうさんせい)』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『徴産制 (ちょうさんせい)』田中 兆子 新潮文庫 2021年12月1日発行 「女に

記事を読む

『プリズム』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文

『プリズム』貫井 徳郎 創元社推理文庫 2003年1月24日 初版 女性教師はなぜ

記事を読む

『ポトスライムの舟』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ポトスライムの舟』津村 記久子 講談社 2009年2月2日第一刷 お金がなくても、思いっきり

記事を読む

『歩道橋シネマ』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『歩道橋シネマ』恩田 陸 新潮文庫 2022年4月1日発行 ありふれた事件 - 銀行

記事を読む

『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 「恥の多い生涯を送っ

記事を読む

『ふたりの距離の概算』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『ふたりの距離の概算』米澤 穂信 角川文庫 2012年6月25日初版 春を迎え高校2年生となっ

記事を読む

『浮遊霊ブラジル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『浮遊霊ブラジル』津村 記久子 文芸春秋 2016年10月20日第一刷 「給水塔と亀」(2013

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑