『逃亡小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『逃亡小説集』(吉田修一), 作家別(や行), 吉田修一, 書評(た行)

『逃亡小説集』吉田 修一 角川文庫 2022年9月25日初版

映画原作 『犯罪小説集』 とあわせてシリーズ累計20万部突破! 小説の最前線に位置する短編集 (解説より)

世の中ってのは理不尽なんだよ - 「もう、逮捕でもなんでもしてくれ」 高校卒業後、地元の北九州を出て職を転々としてきた福地秀明。特に悪いことをした覚えもないのに不幸続きで、年老いた母親と出口のない日々を送る秀明は、一方通行違反で警察に捕まった時、ついに何かがあふれてしまった。そのまま逃走を始めた秀明は・・・・・・ (「逃げろ九州男児」)。職を失った男、教師と元教え子、転落した芸能人、失踪した郵便配達員 - 日常からの逸脱を描く4つの物語。(角川文庫)

ここには - 相応に真面目で、不器用であるがゆえに、「逃亡」 すべき場所や人間関係からぎりぎりまで逃れられずに、結果切羽詰まって 「大逃亡劇」 を引き起こし、周囲を大いに騒がせてしまう - そんな人物たちが描かれています。彼らは、思うほどには悪人ではありません。

吉田修一が描く 「逃亡劇」 は、登場人物たちのどん詰まりのような地点からはじまり、喜劇と悲劇が背中合わせとなった 「取り返しのつかない時間」 の中で展開される。『逃亡小説集』 は、沖縄県の伊平屋村、福岡県の北九州市小倉、長野県の佐久、北海道の網走など特徴的な土地を舞台に、それぞれの場所で人生の袋小路に行き当たった男女が、様々な理由で 「逃亡」 に踏み切る4つの短編を収録した作品集である。

収録されている4つの作品の中で個人的に最も面白く、闇の深さを感じたのは、元人気アイドルの 「マイマイ」 が、夫が薬物使用で逮捕されたことをきっかけに 「逃亡」 する 「逃げろお嬢さん」 である。表題はピンク・レディーのヒット曲から採られたもので、作品の内容は2009年に酒井法子が約5日間逃亡し、覚せい剤取締法違反で逮捕された事件を想起させる。

「マイマイ」 の逃亡をドッキリ番組の撮影と勘違いした 「康太」 が、カメラを意識した過剰な手助けをする展開が、オリジナリティが高く、現代小説らしくて面白い。芸能人を主人公として、ドッキリ番組と誤解した中年男性の視点を織り交ぜながら、「恋愛の演技性」 を浮き彫りにしている点も上手い。

「マイマイ」 が人気の凋落と共に 「夫婦タレント」 として売り出す必要に迫られ、素行の悪い夫と結婚して薬物使用に走る経緯が、アイドル固有の 「内的な経験」 として描かれている点に文学的な深みを感じる。「人間はどこでいつ誰に媚びるかで、その人の価値が決まる」 という一節が、生き馬の目を抜くような芸能界の競争の苛烈さと 「マイマイ」 が歩んできた芸能人生の厳しさを物語る。

一見すると恋愛小説のような内容を、無機質的な視点=カメラを介して冷めた視点で描いた点が秀逸で、『国宝』 の系譜に連なる吉田修一らしい 「芸能小説」 と言えるだろう。『犯罪小説集』 収録の大王製紙事件をモデルにした 「百家楽餓鬼 (ばからがき)」 と併せて、今後の映画化が期待される名短編である。(酒井信/解説より)

目次
第一話 逃げろ九州男児
第二話 逃げろ純愛
第三話 逃げろお嬢さん
第四話 逃げろミスター・ポストマン

※混乱させるようですが、私が読んで面白かったのは、解説の酒井氏が推す 「逃げろお嬢さん」 ではなく、第一話 「逃げろ九州男児」 でした。いずれにせよ、(それぞれに付いたタイトルからもわかるように、うすーくコミカルな作りになっています。安心して読んでください。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆吉田 修一
1968年長崎県長崎市生まれ。
法政大学経営学部卒業。

作品 「最後の息子」「熱帯魚」「パレード」「パーク・ライフ」「悪人」「横道世之介」「平成猿蟹合戦図」「愛に乱暴」「怒り上・下」など多数

関連記事

『ぼくは勉強ができない』山田詠美_書評という名の読書感想文

『ぼくは勉強ができない』 山田 詠美  新潮社 1993年3月25日発行 山田詠美の小説を大別す

記事を読む

『終点のあの子』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『終点のあの子』柚木 麻子 文春文庫 2025年6月30日 第9刷 世界的大ヒット! 『BU

記事を読む

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』山田 詠美 幻冬社 2013年2月25日第一刷

記事を読む

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄の家族図鑑 ホラー ✕ イヤミ

記事を読む

『図書室』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『図書室』岸 政彦 新潮社 2019年6月25日発行 あの冬の日、大阪・淀川の岸辺で

記事を読む

『ノースライト』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ノースライト』横山 秀夫 新潮社 2019年2月28日発行 一家はどこへ消えたの

記事を読む

『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 深夜のブタペストで監禁された初対面の

記事を読む

『チョウセンアサガオの咲く夏』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『チョウセンアサガオの咲く夏』柚月 裕子 角川文庫 2024年4月25日 初版発行 美しい花

記事を読む

『ボトルネック』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『ボトルネック』米澤 穂信 新潮文庫 2009年10月1日発行 【ボトルネック】 瓶の首は細

記事を読む

『さみしくなったら名前を呼んで』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『さみしくなったら名前を呼んで』山内 マリコ 幻冬舎 2014年9月20日第一刷 いつになれば、私

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑